大阪の運送会社が日本年金機構などを相手取り、社会保険料の納付猶予を巡る対応の違法性を訴えた異例の訴訟が大阪地裁で係争中だ。この会社では、経理担当社員の長年にわたる横領行為により、社会保険料の多額滞納が発覚。本来利用できるはずの納付猶予制度の申請を年金事務所の職員が拒否したと会社側は主張しており、結果的に約3500万円分の差し押さえを受け、一時は破産の危機に瀕した。この訴訟は、社会保険制度の運用における課題を浮き彫りにしている。
差し押さえによる深刻な経営悪化
「エアコンも効かない物置小屋で作業するしかなくなった」。大阪府高槻市にある運送会社「シーガル」の村岡大典総務部長(60)は、険しい表情で現在の状況を振り返る。同社は平成16年に創業し、スーパーマーケットへの食品配送業務などを請け負ってきた。しかし、今年3月には3階建ての事務所の賃料が払えなくなり、より小さな場所への移転を余儀なくされた。現在の作業スペースはわずか6畳ほどのプレハブで、約30台あった貨物トラックも7台まで激減するなど、経営状況は深刻に悪化している。
大阪府高槻市にある運送会社シーガルの総務部長、村岡大典氏。社会保険料滞納による差し押さえの影響で経営が悪化し、多数あったトラックが大幅に減少した現状を語る様子。
この苦境の決定的なきっかけとなったのが、年金機構による社会保険料の差し押さえだったと会社側は説明する。
経理担当社員の横領と滞納の発覚
会社側によると、社長が社会保険料の多額な滞納について初めて知ったのは、令和5年10月に年金事務所に経理担当社員とともに呼び出された際だった。驚いた社長が会社に戻ってすぐにこの社員に事情を聴くと、長年にわたって会社資金の横領を続け、「中国にいる妻に送金していた」と打ち明けたという。しかし、横領の詳細が明らかになる前に、当該社員は死亡した。自殺とみられている。これにより、平成22年以降の社会保険料が、延滞金を含めて約3900万円にも膨らんでいることが判明した。
法律で認められた納付猶予制度
国税関連法や厚生年金保険法では、災害や盗難などにより社会保険料の納付が一時的に困難になった事業者に対し、納付を猶予できる制度が定められている。さらに、この法律の通達では、横領被害を受けた場合も納付猶予の対象に含まれることが明記されている。シーガル社は、この規定に基づき、多額の滞納分の納付猶予を申請することで、経営の立て直しを図ろうとした。
年金事務所での申請拒否と会社側の主張
シーガル社は昨年1月、最寄りの年金事務所に赴き、約3900万円に上る滞納分の納付猶予申請について相談した。しかし、会社側によれば、この申請は受け付けられなかったという。その理由として、会社側は「応対した職員が、横領被害が社会保険料納付猶予の対象となることを定めた法律の規定や通達を知らなかったためだ」と主張している。適切な情報提供や手続きの案内が行われず、猶予制度を利用する機会を不当に奪われたとしている。
差し押さえの実行と訴訟の現状
年金事務所での申請が事実上拒否された後、シーガル社は差し押さえを受けることとなった。約3500万円分の資産が差し押さえられ、これが直接的な原因となり、会社の経営は一気に悪化し、前述のような事務所の移転やトラックの激減、さらには従業員も3分の1にまで減らさざるを得ない状況に追い込まれた。破産の危機に瀕したシーガル社は、日本年金機構などを相手取り、一連の対応の違法性を訴える訴訟を大阪地裁に提起。現在も係争中である。
シーガル社は今回の訴訟を通じて、年金事務所の対応の違法性を明らかにし、失われた事業基盤の回復を目指している。従業員の横領という特殊な事情下での社会保険料納付猶予の可否、そして行政機関の職員による法令の理解・適用能力が問われるこの事例は、他の事業者にとっても注目されるべき点が多く、今後の裁判の行方が注目される。