日産自動車が中国・東風汽車と共同開発した純電動セダン「N7」が、中国市場で驚異的なスタートを切った。発売わずか50日で2万台の受注を獲得し、その流麗なデザイン、最新のインフォテインメント機能、そして何よりも約240万円からという競争力のある価格が大きな話題を呼んでいる。中国における日産事業再建の切り札として期待されるこのモデルを、中国車研究家の加藤ヒロト氏が初めて試乗した。
中国市場の激化と日産の挑戦
近年、中国自動車市場ではBYDのような新興メーカーが目覚ましい品質向上と価格競争を展開しており、従来の海外メーカーは苦境に立たされている。日産も例外ではなく、2024年の中国における生産・販売台数は前年比18%減を記録するなど、厳しい状況が続いている。こうした中で投入された「N7」は、日産の中国事業を立て直すための重要な戦略モデルと位置づけられている。
N7は2025年4月末に受注を開始したが、発表された販売価格が消費者の注目を集め、一晩で1万件を超える予約が入った。その後も勢いは衰えず、合弁会社のBEVとしては最速となる50日間で2万件のオーダーを達成。5月の納車台数も3034台を記録するなど、着実に市場に浸透し始めている。
日産と東風汽車の共同開発による純電動セダン「日産N7」。2024年11月の広州モーターショーで発表され、中国市場で急速に受注を伸ばしている。
今回の試乗は、北京を拠点とする自動車メディア「AUTO九局下半」の協力のもと実現。日本メディアはもちろん、中国国外のメディアとしても初の試乗機会となったという。
Cd値0.208を達成した空力デザインと先進装備
N7のエクステリアデザインは、2024年の北京モーターショーで発表された「エポック コンセプト」の流れを汲んでいる。前後左右一体型のライトデザインは、中国の新興EVブランドで流行しているトレンドを取り入れたものだ。フロントのデイライト下には882個のLEDセグメントで構成されるディスプレイユニットを搭載し、アニメーションやメッセージを表示できる。テールライトユニット内部には光る「NISSAN」ロゴが内蔵されており、これまでの日産車にはなかった先進的で魅力的なデザインが特徴だ。
日産N7のボディサイズ。全長×全幅×全高は4930mm×1895mm×1487mm、ホイールベースは2915mmで、Dセグメントに分類される中大型セダンとなる。
N7はDセグメントに位置づけられるセダンで、中国では「中大型車」に分類される。ボディサイズは全長4930 mm、全幅1895 mm、全高1484~1487 mm、ホイールベース2915 mmと、北米向けセダンのアルティマよりも若干大きい。4ドアセダンでありながら、流線型を描くシルエットと短く設計されたトランクリッドにより、横から見ると5ドアファストバックのような雰囲気を感じさせる。EVにおいて空気抵抗は電費や航続距離に直結するため、サッシュレスドア、ダックテールスポイラー、内蔵式ドアノブ、カメラユニットの埋め込み、前後ガラスとルーフの繋がりなど、徹底した空力設計が施されている。これにより、Cd値0.208という優れた空力性能を実現した。
流線型のファストバック風デザインを採用しながらも、独立したトランクルームを備えている日産N7。
N7は2003年から中国での生産・販売で合弁事業を展開する「東風汽車」との共同開発により、中国の消費者が好むトレンドを積極的に取り入れつつ設計されている。一方で、車両の中身は東風汽車の既存EVをそのまま流用したわけではなく、大部分が日産独自の開発によるものだという。
中国トレンドを取り込んだ先進インテリアと充実したインフォテインメント
インテリアはチャコールグレーを基調としつつ、ダッシュボード、ドアパネル、アームレストに青竹色のスエード生地を採用。リラックスできる上質な空間を演出している。ハンドル、センターコンソール、シートには中国で人気のホワイトカラーが取り入れられている。特にN7のシートは特徴的で、日産が「AI零圧雲毯座椅(AIゼロ・プレッシャー・クラウド・クッション・シート)」と呼ぶ独自の形状を採用。表面に内蔵された49個の感圧センサーが乗員の体勢を学習し、最適なシート形状を提供する仕組みだ。バックパネル上半分は青竹色、肩部分周辺には金色の「NISSAN」ロゴが輝き、高級感を醸し出している。
日産N7の室内空間。センターディスプレイは15.6インチの大型サイズを搭載している。
ダッシュボードはフラットに抑えられ、センターコンソールも携帯端末用無線充電パッドや内蔵式カップホルダー程度に要素が絞られているため、ミニマルで広々とした室内空間が実現されている。身長187cmの筆者が運転席に座っても窮屈さを感じないほどだという。コックピット周りの操作系統はほとんどが中央の15.6インチディスプレイに集約されているが、エアコンの送風口調整などは手で直接行えるようになっており、最近の中国車トレンドである完全タッチ操作が多い中では良心的な設計と感じられた。センターコンソールボックス内の収納スペースは若干狭いが、これは加熱・冷蔵機能を搭載しているためだ。車載冷温庫は中国市場で流行している装備の一つであり、N7では500mlペットボトル2〜3本程度のスペースを確保。温度設定に加え、「飲料冷蔵」「ホットミルク保温」「快速冷蔵」「快速加熱」「果物鮮度優先」の5モードに対応し、センターディスプレイから操作可能だ。
センターコンソールボックス内に装備されている車載の冷蔵庫(冷温庫)。これは中国車の最新トレンドの一つである。
センターディスプレイではナビゲーションに加え、カラオケや音楽・動画配信サービス、カメラアプリなど多種多様なアプリケーションを楽しむことができる。クアルコム製スナップドラゴン8295Pチップセットと32GBのRAMを搭載することで、処理の重いエンターテインメント機能もスムーズに動作する。内蔵ストレージは256GB用意されており、写真や音楽、動画などを保存して閲覧することも可能だ。
走行性能、航続距離、充電、運転支援
N7のグレード構成は、バッテリー容量58kWh・モーター出力214hpの「510」と、73kWh・268hpの「625」を基本とし、装備の違いでそれぞれ「Air(510のみ)」「Pro」「Max」が設定される計5グレード展開。今回の試乗車は最上位グレードの「625 Max」だ。
日産N7の走行シーン。前輪駆動・シングルモーターながら、トルク305Nmにより気持ちの良い加速を実現している。
前輪駆動・シングルモーターながら、トルクは305Nmあり、アクセルを踏み込むと気持ちの良い加速が得られる。ボディ剛性もしっかりしており、コーナリング時の安定感も優れている。サスペンションは前マクファーソンストラット、後マルチリンクを採用。乗り味は日本人の感覚からすると若干硬めかもしれないが、荒れた路面でも突き上げ感を上手に処理し、不快感は感じさせないという。
航続距離は中国独自のCLTC方式で測定されており、58kWhモデルで510〜540km、73kWhモデルで625〜635kmとなる。実世界での数値はこの7掛け前後と考えるのが妥当だろう。中国各社はバッテリー容量のむやみな拡大よりも急速充電性能の向上に注力しており、N7も約14分で30%から80%まで充電可能と公表している。
試乗車に装着されていたタイヤは225/45R19サイズのLINGLONG(リンロン)製。
運転支援機能では、中国の自動運転ベンチャー「momenta」と共同開発した「レベル2+」のソフトウェアを採用。ハンズオン状態ながら、市街地や高速道路で運転操作の大部分を車両側が行う「NOA(Navigation on Autopilot)機能」にも対応する。先行して販売されたトヨタの中国向け純電動SUV「bZ3X」もmomentaのソフトウェアを採用しているが、そちらがLiDARユニットを1基搭載するのに対し、N7はデュアルカメラシステムを採用している。
驚きの価格と市場の反応、そして今後の展望
Dセグメントセダンとして、ここまでの完成度、品質、そして多機能性を持ちながら、メーカー希望小売価格が11.99万元(約240.3万円)からという設定には驚かされる。最も高価なグレードでも14.99万元(約300.5万円)であり、そのコストパフォーマンスの高さが爆発的な受注に繋がっている一因と言える。
実際に納車されたユーザーの声を見ても、価格の安さに加えて、上質な室内空間が購入の決め手となっているようだ。納車まで1ヶ月ほどかかることを長いとする声もある(日本基準ではかなり短い)が、ディーラーの手厚い接客や成約特典、納車時の対応なども高く評価されている。
中国における日産のトップセラーはセダン「シルフィ」であり、毎月2万台前後、2024年は通年で34万2395台を販売している。これは順調な数字に見えるが、BYD勢の攻勢やテスラ モデルYの登場により、車名別新車販売ランキングではトップ3から緩やかに後退しつつある状況だ。これまで中国市場のニーズに合致したEVを十分に投入できていなかったこともあり、日産の中国市場における存在感は低下傾向にあった。そんな中で投入されたN7は、市場からの反響がすでに上々であり、日産にとって明るい兆しが見え始めていると感じられる。
日産N7のリアビュー。左右一体型のテールライトと光るNISSANロゴが特徴的。
N7は、現在販売中のBEVに加え、発電用エンジンを搭載するEREV(レンジエクステンダーEV)モデルの投入も噂されている。さらに、中国で製造したN7を他の市場へ輸出することも検討しているという話も聞かれる。中国市場だけにとどめておくには惜しいほど良くできたクルマであり、ぜひ日本を含む様々な市場へ投入されることを期待したい。
TEXT:加藤ヒロト(KATO Hiroto)