近年、映画撮影中の痛ましい事故のニュースが度々報じられています。しかし、昭和時代には日本国内でも、現代からは想像もつかないような壮絶な撮影現場が多く存在しました。時には俳優が重傷を負い、あるいは尊い命が失われる悲劇も起きています。制作中に悲惨なトラブルに見舞われたことから「呪われた映画」と囁かれることになった作品の中から、特に衝撃的な事例を5本セレクトし、その背景と事故の詳細を振り返りながら紹介します。
『座頭市』(1989)
作品概要
上映時間:116分。監督・主演:勝新太郎。原作:子母沢寛。脚本:勝新太郎、中村努、市山達巳、中岡京平。キャスト:勝新太郎、奥村雄大、樋口可南子、田武謙三、蟹江敬三、川谷拓三、片岡鶴太郎、安岡力也、内田裕也、緒形拳。盲目のあんま師・座頭市(勝新太郎)が、訪れた村で極道一家の抗争に巻き込まれる物語です。勝新太郎の代表作であり、長年にわたり多くの観客に愛されてきた「座頭市」シリーズの劇場版最終作となりました。
1989年版映画『座頭市』にも出演した俳優、緒形拳のポートレート
撮影現場で起きた悲劇
輝かしい歴史を持つ「座頭市」シリーズでしたが、1989年版の撮影中に悲惨な事件が発生します。本作のメインキャストの一人であり、監督・主演を務める勝新太郎の長男、奥村雄大(のちに鴈龍と改名)が、立ち回りの中で斬られ役の俳優を真剣で斬りつけてしまったのです。斬りつけられた俳優は、頸動脈を切断する重傷を負い、その場で死亡するという痛ましい結果となりました。奥村は業務上過失致死の疑いで事情聴取を受けることになります。
なぜ奥村に真剣が渡されたのかは当初謎に包まれ、様々な憶測を呼びました。しかし、その後の捜査で、撮影スタッフがよりインパクトのある映像を撮るために、奥村に手渡す模造刀を真剣にすり替えていたことが判明します。奥村自身は真剣であると知らなかったとされ、最終的に無罪となりましたが、その後、長期間の謹慎生活を送ることになりました。
公開とその後の影響
この悲劇的な事故にもかかわらず、映画『座頭市』は事故発生からわずか18日後にクランクアップを迎えました。そして、クランクアップからさらに2週間余り経った2月4日に異例のスピード公開となります。皮肉なことに、この事故は世間の注目を集め、本作は結果としてシリーズ最高の観客動員数を記録することになりました。
本作公開後、続編の企画も持ち上がりましたが、勝新太郎自身がコカイン所持で逮捕されるなど、相次ぐトラブルにより頓挫しました。結果として、この1989年版『座頭市』が、勝新太郎が製作した最後の映画作品となってしまいました。勝新太郎といえば、1990年のコカイン逮捕時に報道陣を前に「気づいたら入っていた」「今後は同様の事件を起こさないよう、もうパンツをはかないようにする」「なぜ、私どもの手にコカインがあったのか知りたい」と嘯いた姿も強く印象に残っています。数多くの伝説を遺し、愛され続けた昭和の名俳優は、波乱の人生の幕を閉じました。
阿部早苗 筆