公立義務教育諸学校等の給特法改正により、残業代の代わりに支給される教職調整額は月収の4%から10%へと引き上げられます。しかし、「定額働かせ放題」とも揶揄される仕組みが維持されることへの批判は根強く、現場からは「お金より時間が欲しい」との声が上がっています。改正法には時間外在校等時間の上限を月30時間とする目標規定が追加されましたが、根本的な業務量が変わらなければ、持ち帰り残業が増えるだけで教員働き方改革は道半ばです。学校への要請が多様化・増大するにつれて、激務で心身を病む教員が増え続けています。
教員の病気離職が増加の一途をたどる
学校現場への多様な要請が高まる中、激務により心身の健康を害する教員が増えています。特に精神疾患を原因とする病気離職が顕著です。文部科学省の統計によると、2021年度には公立小学校教員の病気離職者が753人に達し、これは同年の常勤教員1万人あたり18.1人となります。この数字の推移を見ると、教員を取り巻く状況の厳しさが浮き彫りになります。
激務に追われ疲弊した様子の日本の学校教員。高まる業務負担が心身の健康を損なう現状を象徴。
病気離職率の推移と教育改革の影響
公立学校教員の病気離職率の推移(図1)を見ると、興味深い傾向が見られます。1980年代前半には中学校教員の離職率が高かった時期がありますが、これは当時の校内暴力や学校の「荒れ」が背景にあると考えられます。その後、状況が落ち着き離職率は低下しましたが、2000年代に入ってからは再び急上昇に転じ、グラフは右肩上がりの様相を呈しています。
この世紀転換期からの急増は、矢継ぎ早に実施された様々な教育改革と無縁ではないでしょう。2006年の教育基本法改正、2007年の全国学力テスト再開、組織の官僚制化を強める主幹教諭・副校長の導入、2009年の教員免許更新制施行、そして外国語教育の早期化など、現場は目まぐるしい変化への対応を迫られました。こうした急速な展開が、教員の心身に大きな負担をかけたことが、病気離職の急増の一因と考えられます。
外部からの要請増大と生徒の多様化
学校を取り巻く外部環境も大きく変化しました。その象徴とも言えるのが、学校に対して過度な要求をするモンスターペアレンツの増加です。東京都がこの問題に関する調査報告書を公表した2008年は、病気離職率の上昇期と重なっており、外部からのプレッシャーが教員の負担増に繋がっている可能性が示唆されます。
近年では、離職率の右肩上がりの傾斜がさらに大きくなっています。これは、GIGAスクール構想に代表される業務のICT化への対応に加え、発達障害や不登校など特別な支援を要する子、外国籍の子など、多様な児童生徒への対応が必要になっていることも影響しています。教員は、教育活動だけでなく、これらの複雑化する業務にも一人で対応しなければならない状況に置かれています。
若手教員の危機:離職率の急騰
上記の病気離職率を年齢層別に見ると、さらに深刻な状況が見えてきます。図2(※図そのものは掲載できませんが、内容に言及します)が示すように、公立小学校教員の病気離職率はどの年齢層でも増加傾向にありますが、その増加幅は若手教員で特に大きくなっています。
2000年度と2021年度を比較すると、20代の教員における病気離職率は、この約20年間で実に10倍以上に跳ね上がっています。以前は、体力的な負担が増す高齢層で離職率が高くなる傾向がありましたが、最近では若い世代が突出して高い値を示しています。これは、経験の浅い若手教員が直面する困難の増大を示唆しています。
余裕なき現場と若手支援の模索
現在の学校現場には、残念ながら先輩教員が若手教師を丁寧にサポートする余裕が失われつつあります。経験の浅い段階から重い責任を担わされるケースも増えています。こうした状況を改善するため、2024年6月の中央教育審議会(中教審)答申では、「若手教師を支える体制を構築するため、若手教師と年齢が近い中堅教師や経験豊富なベテラン教師に気軽に相談できるようにするとともに、そのような体制の整備に向けて、若手教師の支援について学校の中で組織的に充実を図っていく」ことが提言されました。教諭と主幹教諭の間に新たな職として設けられた主務教諭には、若手からの相談役としての役割が期待されています。
問題解決には業務量そのものの削減が不可欠
しかし、組織のあり方を変えたり、形式的な職責を設けたりするだけでは、問題の根本的な解決には繋がりません。教員が、あたかも「何でも屋」のように扱われている現状を変え、業務量そのものを削減することが不可欠です。具体的には、ICT業務、特別な支援を要する児童生徒への対応、多様な児童生徒への対応などを専門に担う専門人材を、学校に積極的に配置していく必要があります。年々高まる一方の学校への要請を、現在の教員数と体制だけで受け止めるのは、もはや限界に達しています。
資料
文部科学省『学校教員統計』
筆者
舞田敏彦(教育社会学者)