「『人事1課が希望です』と、新入社員の面接で配属先の希望を聞いたら、真面目な顔でいうので驚いたという話を聞いた。昔なら絶対にあり得ない。そんなことを口走ったら、”お前はバカか”と一喝されて終わったね」。これは、元警視庁関係者T氏から筆者が聞いた、最近の新人警察官に関する衝撃的なエピソードだ。警視庁に限らず、日本の警察組織において、警察官を志す人々の間に、以前とは異なる目的意識が見られるという指摘は多い。特に、特定の部署をピンポイントで希望する新人が現れたことは、この変化を象徴しているのかもしれない。
警視庁「人事1課」が持つ意味とは
T氏が語った「人事1課」とは、警視庁内部でも特別な部署として知られている。警視庁は総務部、警務部、交通部、警備部、地域部、公安部、刑事部、生活安全部、組織犯罪対策部など、9つの部に加え、特殊詐欺対策本部やサイバーセキュリティ対策本部などが存在する巨大組織だ。人事1課は「警務部」に属し、主に警部以上の階級にある警察官の人事や監察を担う部署である。つまり、組織の根幹に関わる重要部署であり、完全に階級社会で成り立つ警察組織において、「新入社員」が希望して配属されるような部署ではない。この事実を知っている元警察官が、新人の希望を聞いて驚愕したというのは、まさに時代の変化を表していると言えるだろう。
日本の警察官の制服 イメージ – 新人の志望動機
警察内部で使われる「隠語」とその理由
ここで、T氏が新人警察官を「新入社員」、警視庁を「会社」や「本社」と呼んだ点に触れておこう。これは、警察関係者が日常的に使う「隠語」の一例である。警察の外部で、いつ、どこで、誰が話を聞いているか分からないという特殊な環境下では、些細な情報でも漏洩が問題につながる可能性がある。そのため、所属や業務内容が特定されにくいような表現を用いる習慣が根付いているのだ。中には、警視庁の所在地にちなんで「桜田門」と呼ぶ関係者もいる。土産物店で「桜田門」と名の入った焼酎ボトルが販売されているのも、内部では広く通じる呼び方だからだろう。このような隠語の存在も、警察という組織の閉鎖性や特殊性を物語っている。
平成以降に見られる目的意識の変化
警察関係者の間では、2010年頃から警察官を志す人々の「目的意識」が徐々に変化してきたと言われている。T氏は、その変化を肌で感じている一人だ。「テレビの刑事ドラマに憧れて、困難な事件を解決したい、困っている人を助けたい、あるいは社会の悪と戦いたい、といった強い正義感やヒーロー願望を持つ若者が多かった時代は、残念ながら過ぎ去った」と彼は語る。平成の中頃からは、警察官という職業が持つ「安定性」に魅力を感じて志望するケースが増加したという認識だ。公務員としての安定した身分、福利厚生、将来設計の立てやすさなどが、現代の若者にとって、社会貢献や正義の実現といった理想よりも優先される傾向にあるのかもしれない。これは、少子高齢化や経済の先行き不透明感など、現代社会の背景とも無関係ではないだろう。
結論:変わる警察官のリアル
かつては「困っている人を助けたい」「社会正義を実現したい」といった崇高な理想を抱く若者たちの象徴だった警察官という職業。しかし、元警視庁関係者の証言からは、近年の新人警察官の志望動機が、「人事1課」という組織内でのキャリアパスを具体的に見据えたり、公務員としての「安定」を強く求めたりするなど、より現実的かつ個人的な目的にシフトしている現状が浮かび上がる。刑事ドラマのような世界への憧れが薄れ、安定した生活を確保するための手段として警察官を目指すという意識の変化は、今後の日本の警察組織、そして社会全体にどのような影響を与えるのだろうか。
参考文献: