ストイシズムの教えに学ぶ:行動の背景にある「判断」を見抜く重要性

いま、古代ギリシャ・ローマで生まれたストア哲学、「ストイシズム」が世界的に再注目されています。特にシリコンバレーのエリート層などを中心に実践され、現代社会の複雑な問題やストレスへの対処法として価値が見出されています。日本でも、ストイシズムの知恵を現代に活かす書籍『STOIC 人生の教科書ストイシズム』(ブリタニー・ポラット著、花塚恵訳)が刊行され、多くの関心を集めています。この哲学の重要な教えの一つに、「人の行動を判断する際には、その背景にある理由や判断を見抜くべき」というものがあります。これは、ストア哲学者のエピクテトスが強く説いた考え方です。表面的な行動だけを見て性急に評価を下すことの危険性について、具体的な例を交えながら、ストイシズムの視点から考えてみましょう。

人の内面や思考プロセスを表す抽象的なイメージ 行動の背景にある複雑さを考える人の内面や思考プロセスを表す抽象的なイメージ 行動の背景にある複雑さを考える

子供たちの「ウザイ」という言葉の真意

ある児童施設での出来事です。小学4年生の男の子たちがケンカを始めました。支援員が理由を尋ねると、数人の子が特定の男の子Aくんを指差し、「こいつがウザイって言うから」と訴えました。Aくんはその日、落ち着かない様子でイライラしているように見えたのです。

支援員がAくんに「何がウザイの?」と丁寧に問いかけました。Aくんはすぐには言葉にできませんでしたが、根気強く話を聞くうちに、驚くべき理由が明らかになりました。Aくんが感じていた「ウザイ」は、周りの子供たちに向けられたものではなく、実は「明日の遠足が楽しみすぎて気持ちが落ち着かなかった」ことへの自分自身の感情表現だったのです。ソワソワして、どう表現すればいいかわからず、つい身近にあった「ウザイ」という言葉を使ってしまっていたのでした。

支援員がこの真意を引き出したことで、Aくんは落ち着きを取り戻し、子供たちのケンカも収束しました。

安易な謝罪や判断の危険性

このエピソードは、行動の表面だけを見て判断することの危うさを示しています。もし支援員が、子供たちの言葉だけを鵜呑みにして「ウザイなんて言われたら傷つくでしょう。Aくんは謝りなさい」と一方的に諭していたらどうなったでしょうか。あるいは、「どっちも悪いから謝りなさい」と双方に謝罪を求めていたとしても、Aくんの本心は理解されず、モヤモヤとした気持ちだけが残ったことでしょう。謝罪という行動だけを見れば解決したように見えても、根本にある感情や意図が置き去りにされれば、子供たちの間にしこりが残る可能性もあります。

幸いにもこのケースでは、支援員が行動の背景にある「なぜ、どうして?」という問いかけを丁寧に行ったことで、Aくん自身も自分の感情の正体と言葉の選び方について学ぶ機会を得ました。

エピクテトスの教え:「行動の背景にある判断を見よ」

ストア哲学者の代表的人物であるエピクテトスは、弟子の教育において、人の行動を性急に褒めたり責めたりしないことの重要性を説きました。彼の言葉に次のようなものがあります。

「正しい判断から生じた行動だけがよい行いで、悪しき判断から生じた行動は悪しき行いである。人がとる一つひとつの行動の背景にどのような判断があったかを知るまでは、褒めても責めてもいけない」(エピクテトス『語録』)

つまり、重要なのは行動そのものではなく、その行動を引き起こした内面的な「判断」や「意図」だというのです。ストイシズムの知恵では、この考え方に基づき、「疑わしきは罰せず」という姿勢が推奨されます。

見かけによらない行動の複雑さ

私たちが他者の行動を見る時、その全てを知っているわけではありません。ある行動が、外見的には非難されるべきものに見えたとしても、その人が置かれた状況や、そうするに至ったやむを得ない理由、あるいは特定の価値観に基づく「判断」が背景にあるかもしれません。逆もまた然りです。一見、善意に基づいた立派な行動に見えても、その根底には利己的な計算や歪んだ考えが隠されている可能性もゼロではありません。

私たちは、自分に見えているものは常に全体の一部であるという謙虚さを持つべきです。断片的な情報だけで「あの人は良い」「あの人は悪い」と決めつけるのは、ストア哲学から見れば性急で誤った判断に繋がりかねません。エピクテトスが偉大な教師であったのは、おそらくこのような深い洞察力を持って教え子たち一人ひとりの内面にある判断を見抜こうとしたからでしょう。

日常生活における応用

このストイシズムの教えは、子育てにおいても、職場や友人関係などの人間関係全般においても非常に示唆に富んでいます。子供が問題行動を起こした時、頭ごなしに叱るのではなく、「なぜそうしたの?」「どんな気持ちだったの?」と背景にある感情や考えを聞き出すこと。同僚やパートナーの理解しがたい言動に直面した時、すぐに非難するのではなく、彼/彼女の立場や状況、そこに至るまでの過程に思いを馳せること。

行動の表面だけではなく、その背景にある「判断」や「意図」、そしてそれに繋がる感情や状況を理解しようと努めることこそが、ストイシズムが教えてくれる、より賢明で建設的な人との向き合い方と言えるでしょう。性急な判断を避け、他者の複雑な内面に目を向ける意識を持つことが、より良い人間関係を築き、自分自身の心の平安にも繋がるのです。

参考文献

  • ブリタニー・ポラット著、花塚恵訳『STOIC 人生の教科書ストイシズム』ダイヤモンド社