米国の独立記念日である7月4日、首都ワシントンが祝賀ムードに包まれる中、ドナルド・トランプ大統領は、自身の経済政策の柱となる米国史上最大規模の大型減税法に署名しました。署名式には、空軍のB-2ステルス爆撃機に搭乗し、イラン攻撃任務に従事した米軍兵士も招かれ、国家と軍への忠誠を象徴するような演出がなされました。トランプ氏は「私たちは一つの法案にすべてをまとめた。これは前例のない、史上最大の法案だ」と強調しました。この大型減税法は、個人所得税の恒久減税、65歳以上の高齢納税者に対する控除拡大、チップ収入への課税廃止、社会保障受給者への課税撤廃などを含む、広範かつ包括的な措置が盛り込まれています。しかし、その財源については早くも懸念が広がっています。
CBO(米議会予算局)の試算では、この減税により今後10年間で財政赤字が3兆4000億ドル(約490兆円)増加するとされています。また、この法案には減税措置に加え、多岐にわたる分野での政府支出に関する項目も含まれています。具体的には、低所得層への食糧支援給付の削減、医療費補助の見直しによる政府支出圧縮、再生可能エネルギーに対する税制優遇の撤廃などが盛り込まれています。さらに、安全保障分野では弾道ミサイル防衛計画、国境警備の強化と移民取締りの厳格化といった項目も含まれており、単なる減税法にとどまらない包括的な法案となっています。
トランプ米大統領が米国史上最大の大型減税法案に署名する様子
署名前日の7月3日、トランプ氏は遊説先の中西部アイオワ州で、「2024年にアイオワ州民に誓った主要な約束はすべて守られた。私は今、より大きな力を持っている。1期目も非常に成功したが、今期はそれを吹き飛ばす。おそらく、より重厚に、より力強くなったと思う」と自身の成果をアピールしました。
議会での攻防:僅差の可決とトランプ氏の圧力
米下院は7月3日、トランプ大統領が推進する大型減税法案の採決を行い、賛成218票、反対214票という極めて僅差で可決されました。この採決では、共和党内から2人の造反者が出ました。前日2日の採決に必要な手続上の投票では、賛成182、反対206、棄権44と、法案の行方に暗雲が垂れ込めていました。
こうした状況下で、トランプ大統領は採決直前に自らのSNSで共和党議員団に対し、「何を待っているんだ? 何を証明しようとしている? MAGA(米国を再び偉大に)運動は満足していない。票を失うことになる!」と警告を発しました。さらにトランプ氏は、7月2日午前5時から電話による説得工作を開始し、翌3日午前1時に至るまで、約20時間にわたり断続的に下院議員およびスタッフに連絡を取り続けました。説得の過程では、「予備選での対立候補の支援を辞さない」といった圧力を示唆しつつ、党内の造反を未然に抑え込むための強硬な説得作業を展開したとされています。この執念の交渉により、法案はついに下院を通過。これは、大統領自身の影響力が依然として共和党内で絶対的であることを改めて内外に印象付ける結果となりました。トランプ政権の1期目にホワイトハウス報道官を務めたショーン・スパイサー氏は、「就任から半年が経ち、はっきりしてきたことがある。ドナルド・トランプには逆らってはならない」と語っています。
支持者を前に演説するトランプ米大統領
メディケイドへの影響と共和党のリスク
大型減税法案が連邦議会を通過し成立しましたが、この法案には低所得者層にとって不可欠な医療制度「メディケイド」に対する支出削減を含む大幅な見直しが盛り込まれており、共和党にとって重大な政治的リスクを抱える内容と指摘されています。大型減税法に盛り込まれた医療制度改革では、メディケイドの就労要件の厳格化に加え、受給資格の確認を年2回に増やす措置が明記されました。これにより、全米で7100万人を超えるメディケイド受給者のうち、約1200万人が医療保険を失う可能性があるとする試算も出ています。
特に注目されるのは、メディケイド受給者の多くが集中する選挙区です。7月1日の米経済紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」によると、メディケイド依存度の高い下院選挙区は145に上り、これは全選挙区の約3分の1に相当します。また、所得水準が最も低い56選挙区は、共和党の地盤と重なっており、制度変更による有権者の反発が、来年に控える中間選挙における与党共和党の足元を揺るがしかねないとの見方があります。医療制度改革の実施時期について、米CNNは7月3日、減税は早期に施行される一方、メディケイドに対する大幅な変更は、中間選挙終了後に先送りされる見通しだと報じました。大統領自身の発言との齟齬も浮上しています。トランプ氏は3月10日、「私は社会保障、メディケア、メディケイドには手を出すつもりはない」と明言していましたが、7月2日には、「メディケイドなどは削減されない。無駄と詐欺乱用の排除によって強化される」とトーンを変えています。
トランプ氏とイーロン・マスク氏の対立激化
一方、トランプ大統領と実業家イーロン・マスク氏との確執が再び表面化しています。連邦議会に提出された巨額の歳出を伴う新たな法案について、マスク氏は6月30日、自身のX(旧Twitter)において、「この馬鹿げた支出法案を見れば、我々が無能政党による一党独裁国家に生きていることは明らかだ」と痛烈に批判しました。トランプ氏は即座に反応し、6月30日に自身のSNSで、「イーロンは歴史上、誰よりも多くの補助金を受けているかもしれない。補助金がなければ彼はおそらく店を閉めて、南アフリカに帰らざるを得ない」と攻撃しました。
さらに、トランプ氏は7月1日、「国外追放の検討は?」との質問に対し、「わからない。検討する必要がある」と応じた上で、「政府効率化省(DOGE)をイーロンにぶつけなければならないかもしれない」と揶揄するような発言を繰り出しました。これに対し、マスク氏は7月1日に再びXを更新。「反論したい誘惑にかられている。本当に。本当に。でも今は我慢する」と不快感をにじませました。また、6月30日の投稿では、マスク氏は「このバカげた法案が可決されれば、翌日にも『アメリカ党』が結成されるだろう」と、新党構想を示唆する発言も行っています。マスク氏はさらに、「2大政党制からの独立を望むか、自問自答する絶好の機会です」と呼びかけ、X上で「アメリカ党を創設すべきか」というアンケートを実施。そして7月5日、マスク氏はXで「アメリカ党」を結成したと発表しました。これは、2026年の中間選挙に向けて、トランプ大統領に対抗する政治勢力を築く可能性を示唆しています。
まとめ
トランプ大統領による米国史上最大規模の大型減税法の署名は、米国の独立記念日という象徴的な日に行われました。この法案は広範な減税に加え、財政赤字の拡大やメディケイド制度の見直しといった懸念事項も内包しています。議会での僅差での可決は、法案成立に向けたトランプ氏の強力な影響力と執念を示すものとなりました。一方で、メディケイド改革は共和党にとって政治的なリスクとなりうる可能性が指摘されています。また、法案成立と並行して、トランプ氏と実業家イーロン・マスク氏との間で激しい応酬があり、マスク氏が「アメリカ党」を結成するという新たな政治的な動きも見られました。これらの出来事は、今後の米国政治の展開を占う上で重要な要素となるでしょう。