「あほか! そんなものを分かるか」
「帰れ」
「来なくていい」
これらは、社長が新入社員Aさんに投げつけた言葉だ。
Aさんは「パワハラにあたる」として損害賠償を求める裁判を提起したが、裁判所は「パワハラにはあたらない」と判断した。(東京地裁 R6.8.16)
なぜ裁判所はパワハラ認定をしなかったのか?
以下、事件の詳細だ。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
会社は、職業紹介事業を行っており、Aさんは入社後、管理部に所属し、社長や上司と同じ執務室で業務に従事していた。
Aさんはわずか1か月で出勤しなくなった。6月1日に入社して24日(金曜)までは普通に勤務していたが、週明け月曜の27日に出勤した際、上司と話した後、勤務に就くことなく退社した。
その後、会社は「24日付けでAさんが自己都合退職した」ものとして、給与支払いや社会保険関係の事務処理を行った。
Aさんは「私は退職していない」等の主張をして労働審判を申し立て、その後、本件訴訟を提起した。Aさんの主張の中には「社長からパワハラを受けた」との内容が含まれていた。
というのも、社長は、Aさんの仕事ぶりに不満を抱いており、Aさんに大きな声でミスを指摘することがあった。Aさんが「パワハラである」と訴えたのは以下4つの行為だ。
・Aさんが社長に提出した応募者数人分の書類のうち、1つのホッチキス止めが漏れていたところ、社長はAさんを呼び出し「あほか!そんなものを分かるか」と叫びながら、すべての書類をAさんに投げつけ、書類が床に散乱した
・社長が「B(従業員)に電話」という指示をした際、AさんがBさんに電話で「社長がお呼びです」と伝えた。しかし、社長の指示の趣旨は「Bさんに電話をかける取り次ぎをせよ」というものであったため、社長はAさんに対して「こんな日本語も分からないのか」などと怒鳴りつけ、経緯書を書かせた
・Aさんは総務および経理補助として採用されたが、入社後すぐ、人事担当が辞めるので、ほかの従業員と協力して人事業務を臨時担当するよう業務命令を受けた。さらに元の人事部担当が退職した後、社長はAさんに対して「すべての人事業務を1人でやれ。しないと給与を下げる」と怒鳴りつけた
・原因は不明だが、社長がAさんに対して「帰れ」「来なくていい」と怒鳴りつけた
Aさんはパワハラを理由に、会社に対して慰謝料100万円を請求した。社長は裁判で、Aさんの主張について争ったものの、「Aさんの事務処理能力の低さに私が激高したことは否定しない」と、自己の行為を一部認めている。