吉沢亮が主演し、横浜流星が共演する映画『国宝』が、公開から31日間で興行収入約44億8000万円、観客動員数約319万人を記録したことが7月7日に配給元の東宝から発表されました。この映画は、4週連続で週末興行成績が前週比を上回るという異例のヒットとなっています。
吉田修一氏による上下巻の長編小説を原作とするこの映画は、上映時間も3時間近い大作です。歌舞伎役者を演じた吉沢亮さん、横浜流星さん、渡辺謙さんといったキャスト陣は、作中で『曽根崎心中』などの歌舞伎演目を演じ切りました。特に吉沢さんらは、出演もしている歌舞伎役者の四代目中村鴈治郎さんらから、約1年半に及ぶ歌舞伎の指導を受けたと言われています。
任侠一家に生まれながら歌舞伎の世界に飛び込んだ主人公、喜久雄の芸の道に身を捧げる一代記が描かれる中、観客からは「映画「国宝」では藤駒、小説と違う名前にしたのは何故なのだろうか」といった登場人物の改名に関する疑問の声も上がっています。
この映画で登場する「藤駒」という役は、京都の舞妓で、登場時間は多くないものの、主人公である喜久雄の人生に重要な関わりを持つ人物です。原作小説では、この舞妓の名前は「市駒」でした。映画や漫画、小説において、実在の人物と同姓同名の登場人物が存在することは珍しくありませんが、今回、祇園関係者から「市駒」の名前の使用を避けてほしいという意見があったとも報じられています。
その背景には、元舞妓の内幕を描いた書籍『京都花街はこの世の地獄~元舞妓が語る古都の闇~』(竹書房)の著者の一人で、元舞妓のフリーライターである桐貴清羽(きりたかきよは)さんの舞妓時代の名前が「市駒」であったことがあります。桐貴さんは2022年頃から、未成年の舞妓が受けた飲酒強要や性被害などを告発し、花街に大きな波紋を投げかけました。原作小説の刊行は2018年であり、偶然の一致と思われますが、桐貴さんは現役時代は短期間ながらも一時期最も人気のあった舞妓でした。そのため、「市駒」という名前は、京都の花街においてはいまだに影響力のある名前だと考えられています。
桐貴さんが初めて花街での性被害を告発したのは、ある週刊誌の2022年7月12日号でのことでした。今回、映画で自身の舞妓時代の名前と同じ登場人物の名前が変更されたことについて、桐貴さん本人に尋ねたところ、次のような答えが返ってきました。
「原作小説が刊行された2018年に、市駒の名前が登場人物にあることは知っていました。もちろん、吉田先生とは面識はないので、偶然だと思います。でも、私と関わりがある名前が小説に出てくるのは、素直にうれしいじゃないですか。じつは、祇園関係の方から映画では名前が変更されていたのを知らされて、ちょっとだけ悲しかったです」
映画「国宝」で藤駒を演じた見上愛。京都の舞妓役として主人公の人生に深く関わる。
桐貴さんは続けます。「でも、歌舞伎関係の方は役者さんも含めて、お座敷にはよく上がられます。吉田先生は3年間も取材にかけたということなので、実際は無関係でも市駒は避けたほうがいいと、製作関係の方が考えても不思議はないと思います。でも、映画は観るつもりですよ」
じつは、映画で歌舞伎指導を担当した中村鴈治郎さんとは面識があるとのことです。「祇園ではありません。鴈治郎さんが、私が舞妓を辞めてから勤めていた東京のお店に何度かお見えになったことがありました。芸事に人一倍の愛情を持って、でも厳しく接していることが、私のようなものでも一目でわかる方です。愛情が深くて、優しく接していただけました。予告編でお見かけしましたが、かなりふくよかになられていました。お酒をたくさん飲まれるので心配ですね」
元舞妓「市駒」として知られるフリーライター、桐貴清羽さん。祇園の花街の内幕を告発し注目を集めた。
映画『国宝』は、歌舞伎界だけでなく、舞妓の描かれ方や、こうした背景にある現実との繋がりという点でも注目される作品と言えるでしょう。
参考資料