ハシビロコウの新たな魅力:神戸どうぶつ王国が解き明かす「動かない鳥」の真実

一見、鋭い眼差しと巨大なくちばしを持つ無表情な鳥。その静止した立ち姿から「動かない鳥」として知られるハシビロコウは、SNSやネットニュースで絶大な人気を博しています。国内ではこれまで6つの施設で14羽が飼育されていましたが、7月22日からは兵庫県の神戸どうぶつ王国にアフリカ・コンゴから新たに2羽が加わり、大きな話題を呼んでいます。この新メンバーの到着は、謎多きハシビロコウの生態解明と、絶滅危惧種である彼らの保全に新たな光を当てるものと期待されています。

ハシビロコウとは?謎に包まれた生態と独特の狩り

ハシビロコウは、アフリカ大陸東部から中部にかけての湿地に生息するペリカン目の大型鳥類です。その外見や行動がコウノトリに似ているため、かつてはコウノトリ目に分類されていました。現在では、湿地の減少や環境悪化の影響により、その個体数はわずか3,300~5,300羽と推定されており、絶滅危惧種に指定されています。

この鳥が「動かない鳥」と呼ばれる所以は、その独特な狩猟スタイルにあります。彼らの主な食料は魚で、特に肺で呼吸する「ハイギョ」を好んで捕食します。ハイギョが水面に浮上して息継ぎをするのを、ハシビロコウは驚くほど微動だにせず、ただひたすら待ち伏せるのです。しかし、その詳しい生態については、未だ多くの部分が解明されていません。彼らの行動の背景には、私たち人間の想像を超える、複雑で巧妙な戦略が隠されているのかもしれません。

神戸どうぶつ王国を彩るボンゴとマリンバ:意外な日常

神戸どうぶつ王国で人気のハシビロコウ、ボンゴとマリンバ。鋭い眼差しが特徴的です。神戸どうぶつ王国で人気のハシビロコウ、ボンゴとマリンバ。鋭い眼差しが特徴的です。

神戸どうぶつ王国において、長年来園者から愛されてきたのが、2014年に来園したオスのボンゴと、その約1年後にやってきたメスのマリンバです。一時的に他の個体がいたり、ボンゴが他の園へ移動した時期もありましたが、2021年4月にハシビロコウの生息環境を忠実に再現した国内最大級の展示エリア『ハシビロコウ生態園 Big bill(ビッグビル)』が完成してからは、一時的な「別居」期間を除き、この2羽が共にそこで暮らしています。

2羽の日常の様子を豊富な写真で紹介したフォトブック『ハシビロコウのボンゴとマリンバ』(南幅俊輔・著/神戸どうぶつ王国・編/辰巳出版)では、意外にも「動かない鳥」というイメージを覆す、躍動感あふれる姿や、どこかユーモラスな表情が捉えられています。これは、私たち一般の認識とは異なる、彼らの隠れた一面を教えてくれます。

「動かない鳥」の真実:活発なボンゴと慎重なマリンバ

ハシビロコウは本当に動かないのでしょうか?神戸どうぶつ王国の動物管理課長嶋敏博係長によると、「2羽ともよく動きます」とのこと。特にボンゴは、時期によっては展示エリアの上空を旋回飛行したり、巣材を運んだり、マリンバに近づいたりするなど、非常に活動的な姿が確認されています。

一方のマリンバは、ボンゴが近づくとその場を離れてしまうことが多いものの、時折ボンゴがいる近くに戻ってくることもあります。基本的には別々に単独行動をしていますが、繁殖期には2羽が絡む姿も見られます。繁殖期と呼ばれる時期にはボンゴがマリンバに近づこうとするのですが、その際に何かしらのアクションがあると言います。しかし、「オスからメスに対するコミュニケーションはあまりいい意味のものではない」との長嶋係長の言葉は、ハシビロコウの複雑な関係性を示唆しています。過去に攻撃された経験から、マリンバはボンゴを恐れているようですが、これは仲が悪いわけではなく、ハシビロコウはもともと単独で生活する鳥であり、繁殖期のみペアで過ごすという習性によるものです。

絶滅危惧種ハシビロコウの繁殖:困難と挑戦

神戸どうぶつ王国では、絶滅の危機に瀕しているハシビロコウの繁殖のため、長年にわたり様々な試行錯誤を繰り返してきました。しかし、動物園でのハシビロコウの繁殖は非常に難しく、これまでの成功例は世界でわずか2例、国内ではまだありません。

長嶋係長は、「繁殖に関する詳しいデータがないため、手探り状態です」と語ります。そのため、繁殖に向けた健康管理、栄養評価、糞中の性ホルモン測定、行動観察、行動量などのデータ収集が地道に続けられています。「まず繁殖するためにはその動物が健康であることが重要だと思います。日々の健康管理、個体の様子には気を配っています」と、基本に忠実な取り組みを強調しました。繁殖という繊細なプロセスには、科学的なアプローチと日々のきめ細やかなケアが不可欠なのです。

人間との距離感が繁殖の鍵:ボンゴの「人懐っこさ」と飼育員の努力

繁殖への道のりにおいて、意外な側面も考慮されています。ボンゴは人懐っこい一面があり、飼育員に対して「クラッタリング」(くちばしをカタカタ鳴らしてコミュニケーションをとる行動)やお辞儀をすることがあります。しかし、飼育員はこれに対し、あえて無視をするか、他のスタッフとの接触もできる限り避けるようにしています。驚くべきことに、スタッフの制服でボンゴのそばを通ることさえ禁止されているのです(それでもボンゴは見破ってしまうらしいですが)。

「飼育管理する上で、人がいることに馴化するのは良いのですが、人に懐いてしまうと繁殖に弊害が出ます」と長嶋係長は説明します。「ハシビロコウは人に対してクラッタリングやお辞儀をすることがあります。そのコミュニケーションを受け入れて答えてしまうと、そこで関係ができてしまい繁殖ができません。そのため当園ではそのようなコミュニケーションをハシビロコウからされても答えないようにしています。」これは、野生の習性を尊重し、人工的な環境下でも自然な繁殖行動を促すための、飼育スタッフの深い知恵と献身的な努力を示すものです。

新たな希望:コンゴからの新メンバーがもたらす可能性

飼育スタッフの多大な努力にもかかわらず、ボンゴとマリンバの距離はなかなか縮まらず、繁殖への道のりは依然として険しい状況です。そこで、この状況を打破し、新たな可能性を広げるために、アフリカ・コンゴからオスとメスの若鳥2羽が新たに迎えられました。

「新たにやってきた2羽はまだ若く、今すぐ繁殖に寄与するわけではありません」と長嶋係長は語ります。「しかし、この2羽で新たなペアを作ることができます。またオス2羽・メス2羽の4羽になったことでペアの組み合わせを変えることもでき、可能性が広がります。」

神戸どうぶつ王国の『Big bill』で、ボンゴとマリンバに新たな仲間が加わったことで、どのような「恋愛模様」が繰り広げられるのか。ハシビロコウたちの未来と、彼らの保全に向けた神戸どうぶつ王国の挑戦から、今後も目が離せません。

参考文献