香港デモから台湾へ:天安門事件の記憶を繋ぐ活動家の「危機感」

2019年に香港で始まった反中国・民主化デモに参加し、2020年に暴動罪で起訴されたフー・トン氏(43歳)と妻エレイン・トウ氏。彼らは、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案に端を発した一連のデモに参加した民主派活動家の中でも、比較的早い段階で逮捕・起訴された一人です。1997年の香港返還時に約束された「一国二制度」が中国政府の介入により形骸化していくことに強い危機感を抱いた人々は、普通選挙の実現を含む「五大要求」を掲げ、連日大規模なデモを行いました。2022年、フー氏夫妻は台湾・台北に逃れ、フー氏は現在、台北でムエタイスタジオを経営しています。しかし、故郷である香港の自由と民主化に向けた活動を彼らは決して諦めてはいません。

台北で開催された香港人権展で来場者に説明するフー・トン氏台北で開催された香港人権展で来場者に説明するフー・トン氏

民主化運動と「六四」追悼の背景

1989年6月4日未明、中国人民解放軍の戦車が北京の天安門広場へ突入し、数週間にわたる学生や労働者による民主化運動は武力によって鎮圧されました。この事件による犠牲者の正確な数は中国政府によって一切公表されていませんが、人権団体や目撃者らは数千人にのぼる可能性があると指摘しています。中国本土ではこの天安門事件について公に語ることは長らくタブー視されており、中国政府は一連の抗議行動を「共産党打倒を企てた反革命分子」によるものと非難し続けています。

中国語圏において、1989年6月4日の記憶を公然と語り継ぐことができる場所は現在、台湾だけとなっています。かつて香港では毎年、数万人が参加する大規模な天安門事件追悼集会が開催されていましたが、2020年の香港国家安全維持法(国安法)施行以降、こうした追悼行事は事実上違法とされ、開催することも言及することさえも不可能になりました。アメリカ、イギリス、オーストラリアなどの西側諸国に住む中国系コミュニティでも追悼行事が行われていますが、「香港がもはや天安門事件の追悼を行えず、その名を口にすることすらできなくなった今、台湾の存在は極めて重要だ」とフー氏はその意義を強調します。

台北での活動:記憶の継承

フー氏は台北で仲間とともに、香港人権展を開催しています。展示されている民主化デモにまつわるアート作品や写真のガイド役を務めながら、自身が香港のデモ現場で経験したことや、そこで見た自由と民主主義への渇望、そしてその後の弾圧について来場者と共有しています。一方で、フー氏は自分が伝えたいメッセージを、未だ香港に残る人々に届けることの難しさも痛感しています。

香港民主化デモに関するアート作品や写真が展示された人権展香港民主化デモに関するアート作品や写真が展示された人権展

台湾の人々の共感と懸念

フー氏の話は、特に台湾の来場者たちの胸を強く打ちます。中台間の緊張が高まる中、台湾も香港と同じ道をたどるのではないか、自由や民主主義が失われるのではないかという懸念が、台湾社会にも広がっているためです。フー氏は、「比較的自由だった街が、たった5年で完全に沈黙させられる光景を、私たちは目の当たりにした」と語り、台湾も香港のようになるのではないかと深く恐れていると話します。「いつか香港が、普通選挙がある台湾のようになってほしいと心から願っている。同時に、台湾の人々も、香港のように選挙も自由も奪われる日が来るのではないかという不安を感じている。私たちが守ろうとしている価値は、実のところ同じなのだ」と、香港と台湾が共有する価値観と危機感を表明しました。

展示会に来場したジョー・シュー氏は、「自由と民主主義は簡単に得られるものではない。ガイドの方の話を聞いていた時、彼が何度も声を詰まらせていたのが印象的だった。かつて自由で民主的だった場所が、現在のようになってしまったことは、本当に胸が詰まる。どうか台湾は同じ運命をたどらないでほしい」と、台湾への危機感を募らせました。

同じく来場者のダンカン・シアン氏は、「中国共産党が我々に何をしようとしているのか、私たちはよく理解している」としたうえで、香港に対して行ったのと同じような直接的な手段ではないかもしれないが、代わりに文化的な浸透や、日常生活への影響を通じて徐々に変化をもたらそうとするかもしれないと指摘しました。「台湾人の多くは危機感を持っていない」と述べ、このまま進めば、台湾も香港のようになるのは時間の問題だと強い危機感をあらわにしました。

1989年天安門事件の犠牲者を追悼する展示物1989年天安門事件の犠牲者を追悼する展示物

故郷への思いと活動の原動力

祖国から遠く離れた台湾で暮らしながらも、フー氏は香港の問題と、自由・民主主義といった普遍的な価値の重要性を訴え続けています。「自分はこの時代に選ばれて生きているのだと強く感じている。誰かが馬鹿げていて見返りのないことに手を出さなければならないなら、自分がやらずに誰がやるのか。できる限り、続けていきたい」とフー氏は語り、故郷への深い思いと活動への揺るぎない決意をにじませました。

記憶を繋ぎ、声を上げ続ける彼の姿は、抑圧に立ち向かう人々、そして自由と民主主義を守ろうとするすべての人々に、静かながらも力強いメッセージを送っています。


参考資料:

  • ロイター
  • Yahoo!ニュース ドキュメンタリー