異常気象が「新たな日常」に:英気象庁報告書が警告する英国の気候危機

英国気象庁は、同国における気候変動の深刻な影響に関する最新報告書を発表しました。この報告書は、温暖化の進行に伴い、英国の気温や降水量に関する記録がかつてない頻度で更新されている現状を明確に警告しています。気象パターンの変化により、現在の英国の気候は数十年前と比較して「著しく異なる」状態にあるとされ、非常に暑い日の大幅な増加と極端に寒い夜の減少が顕著になっています。人間の文明が排出する大量の温室効果ガスが地球温暖化を引き起こし、これが英国の気候を劇的に変えていることが明確に示されています。嵐や洪水といった深刻な異常現象の増加は、自然環境にも必然的に影響を及ぼし、一部の生物種にとっては壊滅的な影響となっています。本記事では、この報告書が示す英国の「新たな日常」としての異常気象の実態と、その多岐にわたる影響について深く掘り下げていきます。

気候変動によって熱波、洪水、干ばつなど異常気象が多発する英国の地図気候変動によって熱波、洪水、干ばつなど異常気象が多発する英国の地図

記録を更新し続ける英国の気候

英気象庁が発表した「イギリスの気候の現状報告書」は、地球温暖化が英国の気候に与える影響の深刻さを浮き彫りにしています。データによると、現在の英国は数十年前とは「著しく異なる」気候パターンを経験しており、特に極端に暑い日の頻度が増加する一方で、極端に寒い夜は大幅に減少しています。これは、人間活動による温室効果ガスの大量排出が引き起こす地球温暖化が、英国の気候を根本的に変えつつある明確な証拠とされています。

2024年は英国にとって、観測開始以来の様々な気象記録が更新された年となりました。具体的には、2月は1884年の観測開始以降で2番目に暖かく、5月と春は最も暖かく、12月と冬は5番目に暖かい記録を達成しました。気象庁は、これらの記録の一部がすでに2025年になって更新されている可能性を指摘しており、より極端な気象への傾向が続いていることを示唆する追加の証拠としています。

各地の具体的な影響と専門家の見解

現在、英国各地は今夏3度目の熱波に見舞われており、非常に暖かい気候はイングランド南部のみならず、ウェールズ、北アイルランド、そして北部のスコットランドにも広がっています。イングランドでは、2024年の春が過去132年間で最も乾燥し、かつ最も日照時間が長い春となり、続く6月も観測史上最も暑い6月となりました。

このような状況は水不足問題を引き起こし、イングランド北部ヨークシャーでは先週、今年初めてのホースを使った放水禁止令が発令されました。さらに、英国の環境庁は6月、ヨークシャーおよびイングランド北西部に正式な干ばつ宣言を発令しました。16日に開催される国家干ばつ対策会議では、少なくとも1地域が新たに干ばつ地域に指定される見通しです。

気象庁の気候科学者であり、今回の報告書の筆頭著者であるマイク・ケンドン氏は、「イギリスの気候は年を追うごとに、気温上昇の軌道を一歩ずつ上がり続けている」と述べ、わずか数十年前と比べて英国の気候が「著しく異なっている」ことが観測データから明らかだと強調しています。

暖かさだけでなく、湿潤化も進む英国の気候

英国は広大な大西洋とヨーロッパ大陸に挟まれた島国であり、複数の主要な気団が交差する地点に位置しているため、その気候は非常に変わりやすい特性を持っています。この変わりやすさゆえに、一部の気候変動の影響を把握しづらくしている側面もあります。しかし、気象庁の分析によると、気温の上昇に加え、英国はより湿潤な気候へと変化しており、特に冬季の降水量の増加が顕著です。

2015年から2024年の10年間における10月から3月の降水量は、1961年から1990年の平均と比較して16%も増加しました。このような変化の背景には、気候変動による平均気温の着実な上昇があると気象庁は説明しています。工業化以降、地球全体の気温はすでに1.3度以上上昇しており、これは人類が二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスを前例のない規模で大気中に排出し続けているためです。

気象庁の試算では、英国の気温は10年あたり約0.25度のペースで上昇しており、2015年から2024年の平均気温は、1961年から1990年の平均と比較して1.24度高くなっています。気象庁が保有する世界最長の気象記録「イングランド中部気温記録」(1659年から現在まで続く)によれば、近年の気温上昇は、過去300年以上にわたって観測された気温を上回る異例のペースです。過去3年間はいずれも英国の観測史上最も暖かい年の上位5位に入り、2024年は1884年以降で4番目に暖かい年となりました。

気温のわずかな変化が、極端な気象現象の頻度や強度を大きく増加させる可能性がデータによって示されています。気温分布が変化するにつれて、かつては「極端」と見なされていた気温が通常の範囲に入り込み、新たな極端現象が発生する可能性が大幅に高まっているのです。「昔はもっと寒かった」という感覚は、気象庁のデータによって裏付けられており、実際、気温が氷点下まで下がる日数は、直近10年間で1931年から1990年の期間と比べて14日も減少しています。

激化する洪水リスクと海面上昇

近年と同様に、2023年も英国では洪水や嵐による被害が最も深刻な自然災害の一つとなりました。2023年秋から英国を襲った一連の嵐は、2024年1月初旬の広範な洪水の一因となり、その結果、2023年10月から2024年3月の半年間は、過去250年以上で最も降水量の多い冬季となりました。

特に深刻な洪水被害を受けた地域には、スコットランド東部、ダービーシャー、ノッティンガムシャー、ウエスト・ミッドランズなどが含まれ、一部の地域では9月の降水量が平年の3~4倍に達しました。具体的な事例として、2024年1月初旬には劇作家ウィリアム・シェイクスピアの生地ストラトフォード・アポン・エイヴォンが洪水の影響を受け、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーが2夜連続で舞台上演を中止せざるを得なくなりました。また、同年11月にはウスターシャー州テンベリー・ウェルズで小川の水位が上昇し、町の中心部が浸水し、石壁の一部が崩落する被害も発生しています。

気象庁主任科学者のスティーヴン・ベルチャー教授は、気候変動がすでに引き起こしている影響を裏付ける証拠から、将来の異常気象に対応するため英国が適応策を急ぐ必要があると述べています。「気候はおそらく今後も変化し続ける。それが日々の天気にどう影響するのか、私たちはそれに備える必要がある」とベルチャー教授は強調しています。

今回の報告書では初めて、英国周辺の海面上昇が世界平均を上回るペースで進んでいることが明らかにされました。英国立海洋センターのスヴェトラーナ・イェヴレイェヴァ博士は、英国周辺の海面が上昇し続ける中で、洪水のリスクは今後さらに高まると指摘し、「過去の事例から見ても、イギリスが次に大規模な高潮の進路に入るのは時間の問題だ」と警鐘を鳴らしています。

自然環境への深刻な影響

英国の気候変化は、自然環境にも必然的に影響を及ぼしています。動植物が季節的に示す現象のタイミングは「フェノロジー(生物季節)」と呼ばれますが、2024年の春には、記録されている13件の春季自然現象のうち12件が平均よりも早く訪れました。特に、カエルの卵塊の出現とクロウタドリの営巣は、1999年以降で最も早い時期となりました。英国では、民間の科学プロジェクト「ネイチャーズ・カレンダー」によって、ボランティアのネットワークを通じてこれらの生物季節現象が記録されています。

自然現象のタイミングの変化は、生態系に大きな影響をもたらす可能性があります。例えば、ヤマネやハリネズミといった、英国で最も絶滅の危機に瀕している一部の哺乳類は、非常に暖かい気候のもとで特に影響を受けやすいとされています。果実や木の実は気候が暑いと早く熟すため、秋にそれを必要とする動物たちが冬に備えて脂肪を蓄える時期には、食料が不足することになりかねません。

ロンドン郊外にあるアリス・ホルト森林研究センターでは、英国の将来の気候に対し、森林や樹木をどのように適応させていくかについて研究が進められています。同センターの気候変動科学部門責任者を務めるゲイル・アトキンソン博士は、悲しい現実として、現在英国にある多くの樹種は将来の気候に耐えられないと述べています。アトキンソン博士は、「干ばつの後には成長が鈍化し、樹木が期待通りに育たなくなっている」と指摘し、森の内部を歩くとストレスの兆候が見られ、極端な例では木がすでに枯れてしまっていることもあると説明しました。

同センターの研究によると、英国が今後さらに暑く湿潤な気候になる中で、適応が期待される樹種の一つがアメリカ・カリフォルニア州原産のセコイアだといいます。同センターでは過去60年間にわたり、異なる緯度から持ち込んだ樹木を育て、英国の気候下での適応性を調査してきました。この研究が進めば、今後数十年のうちに、世界で最も背の高い樹木が英国国内で一般的な光景となる可能性も秘めています。

結論:気候変動への緊急な適応と備え

英気象庁の最新報告書は、英国において異常気象がもはや単発的な現象ではなく、「新たな日常」となっていることを明確に示しています。記録的な高温、降水量の増加、干ばつ、そしてそれに伴う洪水リスクの激化は、気候変動が私たちの生活と自然環境にすでに深刻な影響を与えている証拠です。この「新たな日常」に対応するためには、英国は気候変動の影響に対する適応策を緊急に加速させる必要があります。

専門家が指摘するように、気候は今後も変化し続けるでしょう。この不可避な変化が日々の天気や生態系にどう影響するかを理解し、それに対する備えを進めることは、社会全体のレジリエンス(回復力)を高める上で不可欠です。本報告書が提供する科学的根拠に基づき、個人、地域社会、そして国家レベルでの具体的な行動が、より持続可能で安全な未来を築くための鍵となるでしょう。

参考資料

  • BBC News: Extreme weather is the UK’s new normal, says Met Office (https://www.bbc.com/news/science-environment-62283084)
  • Yahoo!ニュース: 【解説】異常気象が新しい日常に……英気象庁が最新報告書で警告 (https://news.yahoo.co.jp/articles/d5c06fd20e1daf89c3bac0e856a2c36d3d1fc29b)
  • 英国気象庁 (Met Office) 公式ウェブサイト
  • 英国環境庁 (Environment Agency) 公式ウェブサイト
  • 英国立海洋センター (National Oceanography Centre) 公式ウェブサイト
  • ネイチャーズ・カレンダー (Nature’s Calendar) 公式ウェブサイト
  • アリス・ホルト森林研究センター (Alice Holt Forest Research Centre) 公式ウェブサイト