「国境を越えるわけにはいかない」。カナダ西部のツワッセン半島先端に位置する米国の飛び地、ポイントロバーツで土産物店を営むキング夫妻は、最近、常連客から相次ぐこんな言葉に直面しています。この小さな集落は、カナダに囲まれ、生活圏が一体化しているため、カナダとの関係が生命線です。しかし、ドナルド・トランプ氏によるカナダの主権を軽視する発言が、この国境の町に深刻な影響を及ぼし、経済的苦境に立たされています。カナダからの訪問者は激減し、廃業に追い込まれる店も。現地住民は、失われた信頼の回復には時間がかかると懸念しており、その影響は長期化する兆しを見せています。
ポイントロバーツの店舗前に掲げられた米加友好を示す旗
国境に揺れる町、住民の苦悩
土産物店を営むニール・キングさん(36)と妻クリスタルさん(36)は、ポイントロバーツが直面する厳しい現実を肌で感じています。ある4月の週末の売り上げは、わずか6ドル(約870円)だったといいます。ニールさんは「アメリカ大統領選の結果が違っていれば、こんな状況にはならなかった」と力なく語ります。通常であれば、カナダから多くの客が訪れ、400ドル近くの売り上げを見込んでいたはずです。
トランプ氏は昨年11月の大統領選勝利後、「カナダはアメリカの51番目の州になるべきだ」と主張し始めました。これに反発したカナダの常連客からは、キング夫妻に「4年後に会おう」という連絡も届きました。これは、トランプ氏の大統領任期中はポイントロバーツを訪れない、という明確な意思表示です。一部には同情して買い物に訪れる客もいるものの、クリスタルさんは「失った分に比べれば微々たるもの」と漏らします。
米国政府の統計によれば、今年1月から4月にかけてポイントロバーツにカナダから入国した人は、新型コロナウイルス禍前の2019年の同時期に比べて約4割少ない延べ約25万人にとどまっています。この数字には、日常的な買い物で国境を行き来する地元住民も含まれるため、カナダからの訪問客がいかに激減したかがうかがえます。
ポイントロバーツのアヒル形玩具博物館で取材に応じるニール・キング夫妻
キング夫妻の土産物店には、風呂に浮かべるアヒル形玩具の博物館も併設されており、販売も行っています。クリスタルさんによると、この玩具は全て中国製で、トランプ政権が再び課す可能性のある追加関税の影響も避けられそうにありません。「訪問者減とコスト増のダブルパンチだ。ビジネスの持続可能性がなくなった」とクリスタルさんは語り、博物館をカナダに移す決断を下しました。
ホワイトハウスでカナダ首相と会談し、カナダ併合に言及するトランプ大統領
「失われた信頼」と長期化の懸念
ポイントロバーツでは、キング夫妻の店だけでなく、他の多くの店舗も同様の苦境に立たされています。選択肢がなく廃業に追い込まれた店もあり、この「飛び地」で暮らす住民が割を食う形となっています。カナダとの密接な関係に依存してきた地域経済は、政治的発言によって深く傷つけられ、住民の生活基盤が揺らいでいます。
「ポイントロバーツはカナダを支持する」と書かれた住民の車のシール
現地を訪れた際、多くの店で客足がまばらである様子が確認できました。飲食店を経営するタムラ・ハンセンさんも、店は開いていたものの、ほとんど客の姿がない状況に直面していました。彼女のような経営者たちは、日々の売り上げが激減する中で、今後の事業継続に大きな不安を抱えています。
客の姿がほとんど見られないポイントロバーツの飲食店経営者タムラ・ハンセンさん
住民たちは、「一度失った信頼は簡単には取り戻せない」と口々に語り、この経済的打撃が長期にわたることを懸念しています。政治家の発言が、遠く離れた国境の小さなコミュニティの生活にどれほど大きな影響を与えるかを示す、典型的な事例と言えるでしょう。ポイントロバーツの再生には、米加間の信頼関係の回復が不可欠であり、その道のりは依然として不透明です。
参考文献
- 共同通信社「『国境を越えるわけにはいかない』カナダに囲まれた米国の『飛び地』、トランプ氏の『カナダ併合』発言に揺れる」(Yahoo!ニュース掲載記事、2025年7月17日)