福井女子中学生殺害事件:前川彰司さんに再審無罪 39年の闘いに終止符

39年前に福井市で発生した中学3年生女子生徒殺害事件において、殺人の罪で服役した前川彰司さん(60)の再審公判で、名古屋高等裁判所金沢支部は本日18日午後2時、前川さんに対し無罪判決を言い渡しました。増田啓祐裁判長は判決理由の中で、有罪の決め手とされた知人の証言について「捜査機関が行き詰まる中で、不当な働きかけによる供述誘導が行われた疑いを払拭できない」と述べ、その信用性を否定しました。前川さんは法廷で無罪の瞬間をまっすぐ見つめ、その後は軽く頷きながら判決に聞き入る姿が見られました。この判決は、長年にわたる前川さんの無実の訴えが認められた歴史的な節目となります。

無罪判決を前に名古屋高裁金沢支部前で取材に応じる前川彰司さん無罪判決を前に名古屋高裁金沢支部前で取材に応じる前川彰司さん

長きにわたる冤罪の証明:福井女子中学生殺害事件と前川彰司さんの再審無罪

事件の経緯と初期裁判の展開

福井女子中学生殺害事件は1986年3月、福井市内の市営団地で留守番をしていた中学3年生の女子生徒が、包丁で数十カ所を刺され命を落とした痛ましい事件です。警察の捜査が難航を極める中、事件発生から約1年後、当時21歳だった前川彰司さんが逮捕されました。この裁判における最大の争点は、有力な物的証拠が乏しい中で、「事件直後に血の付いた前川さんを見た」とする知人らの供述の信用性でした。前川さんは一貫して自身の無実を主張し続け、1990年には福井地方裁判所が一審で無罪判決を言い渡しました。しかし、1995年に行われた二審の名古屋高裁金沢支部では、知人の供述が信用できるとされ、懲役7年の有罪判決が下されました。この判決はその後、最高裁で確定し、前川さんは服役することになりました。

1995年、名古屋高裁金沢支部で有罪判決を受けた当時の前川彰司さん1995年、名古屋高裁金沢支部で有罪判決を受けた当時の前川彰司さん

再審請求から無罪に至るまでの道のり

服役を終えた前川さんは、自身の冤罪を晴らすため、2004年に名古屋高裁金沢支部に再審を請求しました。2011年には、同支部が証言の信用性に疑問があるとして一度は「再審開始」を決定しましたが、検察側が異議を申し立て、2013年には名古屋高裁本庁がこの再審開始決定を取り消すという複雑な経緯をたどりました。

しかし、前川さん側の弁護団は諦めず、2022年に2回目の再審請求を行いました。この際、弁護団は検察に対し、さらなる証拠開示を強く求めました。裁判所側も検察に開示を促した結果、驚くべきことに287点もの新たな証拠が弁護団に開示されました。その中には、警察が作成した重要な捜査報告書が含まれていました。確定判決で有罪の決め手とされた知人の証言は、「3月19日の夜、テレビで音楽番組を見た後に血の付いた前川さんを見た」というものでしたが、警察がテレビ局に照会して作成した捜査報告書には、当該番組の放送日が事件の1週間後である3月26日と記載されていたのです。

名古屋高裁金沢支部は、この新証拠を「供述の信用性評価に重大な疑問を生じさせるものであり、確定判決の有罪認定の根拠を揺るがすもの」と判断し、昨年10月、前川さんの再審開始を決定しました。そして今年3月、名古屋高裁金沢支部で開かれた再審の初公判において、検察側は改めて有罪を主張したものの、新たな証拠は一切提出しませんでした。これにより、前川さんの無罪判決がほぼ確実視される状況となっていました。

司法の信頼性と今後の課題:前川さんの声

今回の判決を前に、前川さんは18日朝、福井市のご自宅で取材に応じ、「緊張はさほどしていないが、事実と道理に基づいて判断してほしい。無罪以外あり得ないと思っている」と静かに語りました。再審開始決定では、警察による供述誘導や検察による証拠隠しといった捜査上の問題点が指摘されており、今回の再審判決がこれらの問題に対し、司法としてどのような判断を示すかが大きな焦点となっていました。前川さんは、「警察・検察への批判ももちろんだが、裁判所も自ら自己批判し、今回の判決が他の冤罪事件の再審にも繋がるような、意義深いものになってほしい」との強い願いを表明しました。最初の再審請求から20年以上の歳月を経て無罪判決を迎えることについて、彼は「集大成という形で泰然として対峙したい」と、その心情を述べました。

無罪判決当日、福井市の自宅で取材に応じる前川彰司さん無罪判決当日、福井市の自宅で取材に応じる前川彰司さん

結論

39年という長きにわたる苦難の末、前川彰司さんに無罪判決が下されたことは、日本の司法制度における冤罪問題の深刻さを改めて浮き彫りにしました。本判決は、供述の信用性や証拠開示の重要性、そして捜査機関および裁判所の責任について、社会全体に問いを投げかけるものです。前川さんの長年にわたる無実の訴えがようやく司法の場で認められたことは、司法の信頼性回復に向けた重要な一歩であり、今後の冤罪救済や適正な刑事司法運用のあり方を考える上で、大きな意義を持つ判決となるでしょう。

参考文献