日本のインフレ深刻化:給付金・減税は「お見舞金」か?転換する物価上昇の“正体”

参議院選挙における主要な争点として、与党の一律給付金と野党の消費税減税が挙げられています。しかし、これらの政策は、物価高騰を抑制する本質的な力に欠けているという深刻な問題が指摘されています。これらは、すでに発生した物価上昇への経済的補填、いわば「お見舞金」に過ぎず、物価上昇の原因そのものに働きかけ、インフレを制御しようとするものではありません。今、本当に問われるべきは、物価高騰への対応が「お見舞金」で済む問題なのか、という根本的な政策対応です。

「お見舞金」政策の限界とインフレ加速のリスク

物価上昇の根本原因に手を付けなければ、たとえ一時的に家計の苦しさが和らいだとしても、翌年以降も同様の「お見舞い」が継続的に必要となるでしょう。さらに懸念されるのは、これらの支援策が往々にして消費を押し上げ、かえってインフレを加速させる可能性がある点です。消費税減税による税込価格の低下や、一律給付金の配布は短期的な需要増加を促します。需要が刺激されると、特に供給に制約がある分野では価格がさらに上昇し、インフレを「制御」するどころか「拡大」させるという逆効果を生み出しかねません。ところが、与野党ともに、物価上昇の「原因」には十分目を向けず、それを制御する方法についてほとんど語っていません。

国会で物価高騰対策を訴える政治家国会で物価高騰対策を訴える政治家

欧米を上回る日本の物価上昇と実質賃金の持続的低下

2025年に入ってからの日本の物価上昇は、依然としてその勢いを失っていません。5月の消費者物価指数(コアCPI、生鮮食品除く)は前年比3.7%の上昇となり、これで6カ月連続の3%台を記録しています。この水準は、アメリカ(5月2.4%)やユーロ圏(5月1.9%)と比較してもかなり高く、日本のインフレが深刻な問題であることを明確に示しています。物価上昇が続く一方で、日本の実質賃金は低下の一途をたどっています。5月の毎月勤労統計調査によれば、実質賃金は前年同月比で2.9%の下落を記録し、これにより5カ月連続の下落となりました。名目賃金が上昇しているにもかかわらず、物価がそれを上回るペースで上昇しているため、日本人の購買力は確実に低下し、経済的に貧しくなっている状況が浮き彫りになっています。

インフレの「主因」変化:外部要因から国内要因へ

日本の物価が本格的に上昇し始めたのは2022年以降です。当初は、アメリカにおけるインフレ、ウクライナ戦争に伴うエネルギー価格の高騰、そして急激な円安といった「外部要因」が主要なコストプッシュ要因となり、輸入物価を押し上げ、日本国内の価格にも波及しました。この段階においては、政府が補助金や給付金という形で国民に「お見舞金」を支給することにも一定の合理性があったと言えるでしょう。

しかしその後、状況は大きく変化しています。2024年から2025年にかけて、輸入物価はむしろ下落傾向を示しており、日本銀行の企業物価統計によれば、2025年5月の輸入物価は前年同月比で10.3%の大幅な下落となりました。それにもかかわらず、消費者物価は上昇を続けているのです。これは、インフレの主因が「国内要因」へと移行していることを強く示唆しています。GDPデフレーターも2023年以降急激な上昇を示しており、マクロ経済的にも内発的インフレへの移行が確認できます。つまり、日本の物価上昇は、原理的に言えば「コントロール可能」な段階に入りつつあるのです。

国内インフレの「新たな正体」:賃上げと価格転嫁

インフレの国内要因の代表例としては、コメ価格の高騰が挙げられます。2024年夏以降、日本国内のコメ価格は急激に上昇し、この5月には前年同月比で約2倍の水準に達しました。この背景には、日本のコメ政策の誤りも指摘されています。しかし、コメ価格が消費者物価上昇に寄与する割合は0.38に過ぎず、たとえコメ価格が正常化したとしても、物価上昇率は依然として3%を超える水準にとどまります。この事態に対応し、政府備蓄米放出制度の入札方式から随意契約方式への切り替えが行われ、米価は下落傾向にあります。6月の消費者物価統計にはその結果が反映されるでしょう。

より本質的な要因は、賃上げとそれに伴う価格転嫁です。国内企業が賃上げを行う中で、そのコストを製品やサービスの価格に転嫁する動きが広がり、これが物価上昇を牽引する主要な国内要因となっていると考えられます。この賃上げと価格転嫁の連鎖は、物価と賃金の「悪循環」を生み出し、インフレの新たな“正体”として認識されるべきです。

結論:根本原因への政策転換が不可欠

現在の日本における物価高騰は、当初の外部要因から国内要因、特に賃上げと価格転嫁へとその性質を大きく変化させています。このような状況下で、政府や与野党が提案する給付金や消費税減税といった「お見舞金」的な政策は、一時的な家計の負担軽減にはなり得るものの、インフレの根本原因にアプローチせず、むしろ需要を刺激することで物価上昇をさらに加速させるリスクを抱えています。

日本のインフレが「コントロール可能」な国内要因へと移行した今、必要なのは、表面的な対処療法ではなく、賃上げと価格転嫁の健全なバランスを促し、経済全体の生産性向上と持続的な成長を目指す政策への転換です。この「新たな正体」に目を向け、本質的な課題に取り組むことが、日本経済を真に立て直し、国民生活を豊かにするための喫緊の課題と言えるでしょう。


参考文献