古舘伊知郎、TBS「報道特集」への提言:山本アナ擁護と「報道エリートの罠」論

フリーアナウンサーの古舘伊知郎氏(70)が、自身のYouTubeチャンネル「古舘伊知郎チャンネル」を更新し、TBS系報道番組「報道特集」に対し、その制作姿勢や特定の報道について率直な意見を述べ、大きな反響を呼んでいます。この発言は、同番組が外国人政策に関する報道で参政党と衝突し、BPOへの申し立てに発展した一連の騒動を背景としており、古舘氏自身の長年のメディア経験に基づいた深い洞察が示されています。

参政党と「報道特集」の経緯:公平性・中立性を巡る議論

発端は、7月12日に放送された「報道特集」の内容でした。この回では、各政党の外国人政策が取り上げられ、参政党のキャッチコピー「日本人ファースト」が紹介される一方で、SNS上で外国人を排斥するようなヘイトスピーチが飛び交う現状も報じられました。特に、番組内で山本恵里伽アナウンサーが「実際に外国籍の人と全くかかわらずに生活をしている人って、実はほとんどいないと思うんですよ。学校の友達だったり、職場の同僚だったり。自分の1票がひょっとしたら、そういった身近な人たちの暮らしを脅かすものになるかもしれない。これまで以上に想像力をもって、投票しなければいけないと感じています」とコメントしたことが、視聴者や関係者の間で様々な議論を巻き起こしました。

この番組内容に対し、参政党は「著しく公平性・中立性を欠いた内容でした」とTBSに抗議。これに対し「報道特集」側は、「この報道には、有権者に判断材料を示すという高い公共性、公益性があると考えております」と反論しました。結果として、参政党は放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会に申し立てを行う意向を表明する事態に発展しています。この一連の動きは、報道のあり方、特に政治的公平性や中立性といった側面について、改めて社会的な関心を高めることとなりました。

山本恵里伽アナへの見解:「何一つ悪くない」との擁護

古舘氏は、この騒動に対する自身の見解を「山本アナ」個人への評価と、「報道特集」という番組全体への思いの二つに分けて語りました。

まず、山本恵里伽アナウンサーのコメントについては、「山本恵里伽アナ、何一つ悪くない。いいこと言ったじゃないか、と私は思っています」と明確に擁護しました。古舘氏は、彼女の発言が、有権者に多様な視点から物事を考え、想像力をもって投票行動に臨むことを促すものであり、その公共性を評価しています。個人の感情や特定の意図に基づくものではなく、ジャーナリストとしての責任感から出た真っ当な意見であるとの認識を示しました。

フリーアナウンサー古舘伊知郎氏、報道番組への提言で注目を集めるフリーアナウンサー古舘伊知郎氏、報道番組への提言で注目を集める

「報道特集」への古舘氏の「生意気な」指摘:「報道エリートの罠」

一方で、古舘氏の批判の矛先は「報道特集」という番組そのものに向けられました。彼は自身が「テレビ出身」であることを前置きしつつ、「大変生意気な言い方になりますけども、あえて言います。分かりやすく。『報道特集』がはまってしまっている…、あえて言いますよ、“『報道エリートのワナ』っていうものに、ちょっとお気をつけいただいた方が、『報道特集』はより良くなるんじゃないですか”と。生意気な批判の意見を持ってます」と語り、その制作姿勢に警鐘を鳴らしました。

古舘氏は、「報道のTBS」と称されるほどの歴史と気概を持つ同番組の意義は認めつつも、長年番組を制作する中で、無意識のうちに「よりつっこまれやすくなっている」部分があると指摘。特に、特定のテーマにおいて「誰かを悪者にして、誰かが正義の味方」という「二項対立」的な構図に陥りやすい傾向があると分析しました。ナレーションのトーンが「おどろおどろしい」と感じられることも、この二項対立を助長し、視聴者に「上から目線で番組を作っている」という印象を与えかねないと警鐘を鳴らしました。報道番組が「正義の味方」になりすぎると、結果的に権威主義的と見なされ、批判を誘発する可能性を示唆しました。

番組が「より良くなる」ための提言:客観性と柔軟性

古舘氏は、そうした現状を踏まえ、「報道特集」が今後さらに発展していくための具体的な提言も行いました。彼は、番組が「いいことをやっている」という自負が強すぎるあまり、客観的な視点を見失う危険性があるとし、常に「警鐘を自分達の中で鳴らしていないと」ならないと強調しました。

具体的には、「両論併記」の姿勢を明確にすることの重要性を挙げました。一方的な視点ではなく、多様な意見や見解を公平に提示することで、報道の信頼性と奥行きが増すと主張しています。また、「カジュアルに『もっと客観的な目が足りなかったかもしれない。先週ごめんなさい』って言う(とか)。もっとカジュアルにやって、しゃちほこ張って堅くやる必要ないと思ってるんですよ」と述べ、番組が柔軟な姿勢を持ち、時には過去の報道に対する反省の意を示すことの重要性も示唆しました。権威的に振る舞うのではなく、視聴者との対話を意識した、よりオープンなアプローチが、現代のメディアには求められているとのメッセージを強く打ち出しました。

結論

古舘伊知郎氏の一連の発言は、単なる特定の番組批判に留まらず、現代社会における報道番組の役割、倫理、そして視聴者との関係性について深く問い直すものです。特に「報道エリートの罠」という指摘は、客観性や中立性を追求するあまり、無意識のうちに特定の価値観を押し付けたり、二項対立を助長したりするリスクを浮き彫りにしました。彼の提言は、メディアがその公共的役割を果たす上で、常に自らの立ち位置を省察し、多様な視点を取り入れ、そして何よりも視聴者との信頼関係を築くための「謙虚さと柔軟性」が不可欠であることを示しています。今回の議論は、「報道特集」だけでなく、日本におけるすべての報道機関が自らのあり方を見つめ直す貴重な機会となるでしょう。


参考文献: