約60年前に性暴力の被害に遭い、自己防衛のために加害者の舌を噛み切ったことで、不当にも傷害罪で有罪判決を受けていたチェ・マルジャさん(78)に対し、韓国の検察が異例の謝罪を行い、裁判所に無罪判決を求めた。この画期的な動きは、長年にわたる司法の過ちを正し、性暴力被害者の権利と正当防衛の概念に新たな光を当てるものとして、韓国社会だけでなく国際的にも注目を集めている。2024年7月23日に釜山で行われた再審の冒頭で、検察はチェさんの行為を「正当な防衛行為であり、過剰でも違法でもなかった」と明確に述べ、その責任を認めるとともに心からの謝罪を表明した。
1964年、自己防衛と誤審の始まり
この事件は、現在78歳のチェさんが18歳だった1964年5月に発生した。韓国の慶尚南道金海市で当時21歳の男に襲われたチェさんは、男が彼女を強姦しようと地面に押し倒し、舌を無理やり口の中に入れてきた際、自己防衛のため、とっさにその舌を約1.5センチ噛み切り、間一髪でその場から逃れることができた。しかし、当時の司法はチェさんの主張を退け、「加害者」として傷害罪で起訴。裁判所はチェさんに懲役10カ月・執行猶予2年の有罪判決を言い渡した。一方、加害者である男は強姦未遂ではなく、比較的軽い住居侵入と脅迫の罪で起訴され、チェさんよりも軽い懲役6カ月・執行猶予2年の判決が下されるという、現代から見れば信じがたい不公正な裁きがなされた。
61年間の苦難と#MeToo運動
性暴力の被害者でありながら、自らが「犯罪者」という社会的スティグマを背負い、60年近くもの間、苦難に満ちた人生を強いられてきたチェさん。転機が訪れたのは、2013年に入学した韓国放送通信大学を2019年に卒業した頃、韓国国内で#MeToo運動が本格的に高まったことだった。この社会的な動きに触発されたチェさんは、声を上げることを決意。女性の人権擁護団体「韓国女性ホットライン」などの支援グループの協力を得て証拠を集め、事件発生から56年後の2020年、ついに再審を請求した。当初、釜山の下級裁判所では請求が退けられたものの、不屈の精神で挑み続けた結果、最高裁判所が再審を認める決定を下し、今回の歴史的な再審に繋がった。
韓国・ソウルでの国際女性デー集会で「#MeToo」のプラカードを掲げる参加者。チェ・マルジャさんの再審請求を後押しした運動の象徴
法廷での謝罪と未来への希望
2024年7月23日に行われた再審の最終陳述で、チェさんは長年の苦しみを乗り越え、「61年間、私は犯罪者として生きてきました。もし私に希望や夢が残っているとするなら、それは未来の世代が性暴力のない世界で生きられることです。尊厳と幸福を持って生きられるような法律が韓国で作られることを、両手を合わせて祈ります」と力強く語った。
そして、検察が法廷で過ちを認め、謝罪し、無罪請求を行うという前代未聞の事態に直面したチェさんは、法廷を出た後、涙を浮かべながら「まだ信じられません。でも、たとえ今であっても検察が過ちを認めてくれるなら、この国には正義が生きていると信じます」と述べ、深い感動と希望を示した。判決は9月10日に言い渡される予定だが、法律関係者の間では、検察の無罪請求が認められ、チェさんの有罪判決が取り消されるという見方が強く、歴史的な司法の是正が期待されている。
この事件は、性暴力被害に対する社会の認識と司法のあり方が時代とともに変化していることを明確に示している。チェさんの長年の闘いと、#MeToo運動がもたらした意識改革が、公正な司法の実現に向けた重要な一歩となったと言えるだろう。
参照元:
- コリア・タイムス (Korea Times)
- 中央日報英語版 (JoongAng Ilbo English Edition)
- ハフポスト (HuffPost)