中国北京市の第2中級人民法院は7月16日、アステラス製薬の60代男性社員に対し、国家の安全に関わる“スパイ活動”の罪を認定し、懲役3年6ヶ月の実刑判決を言い渡しました。この判決に対し、主要先進国からは「何がスパイ行為に該当するのか不明確」との批判が相次ぎ、日本政府も中国当局に対し、スパイ活動の根拠を示すよう強く要請しています。今回の事件は、中国での事業運営や滞在におけるリスクの増大を改めて浮き彫りにしています。
曖昧な定義がもたらす「スパイ行為」摘発の増加
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中国で拘束された外国人ビジネスマンのイメージ:高まる反スパイ法適用リスク](https://newsatcl-pctr.c.yimg.jp/t/amd-img/20250728-00098719-president-000-3-view.jpg)
アステラス製薬の社員に対する実刑判決は、中国当局による「反スパイ法」の運用強化の一例に過ぎません。報道によると、現在、約100人の米国人が中国当局の指示で出国を制限されており、中国国内から資金を持ち出そうとした一部の国民も「スパイ」として摘発されるケースが見られます。2014年の反スパイ法制定以降、国家の安全を理由とした身柄拘束や出国禁止が増加傾向にあります。
この状況における重要な問題点は、「スパイ行為」の定義が極めて曖昧であることです。中国当局は、この反スパイ法を統制強化の手段として恣意的に用いているとの見方が強く、これは法の適正な運用とは言えない側面があります。
中国事業リスクの高まり:世界経済への影響
こうした状況が続けば、中国と取引を行う海外企業の間では、一層の懸念が高まる可能性があります。特に、重要な戦略物資であるレアアースなどの関連分野では、海外企業に対する圧力を強めるために反スパイ法が利用されることも想定されます。
中国はもはや、安心・安全に事業展開ができる国とは言い難い状況にあると言えるでしょう。この現状は、対中直接投資の減少に留まらず、中長期的には世界経済全体の成長を阻害する要因ともなりかねません。
在中外国人の拘束事例と企業活動への波紋
今回実刑判決を受けたアステラス製薬の社員は、長年にわたり中国で勤務し、中国事情に精通していました。しかし、2023年3月に帰国直前、当局に身柄を拘束された経緯があります。これまで中国は、製造技術や知的財産の自国への移転を加速させるため、日本を含む各国企業に対して合弁企業の設立と共同運営を呼びかけ、その見返りとして自国市場へのアクセスを認めてきました。近年でも、この基本姿勢は大きく変わっていないとされています。
しかしその一方で、日米欧の国籍を持つ外国人の拘束や、長期の出国禁止といった事例が顕著に増加しています。2014年の反スパイ法施行以降、これまでに17名の日本人が中国で拘束されています。過去には、日本国内で中国大使館関係者と情報交換を行った日本籍女性が、中国訪問時に拘束され、反スパイ法違反で実刑判決を受けたケースも存在します。中国以外の国でのやり取りでさえ、反スパイ法違反と見なされる恐れがある現状では、中国で安心して事業を行うことが極めて困難になっています。
新型コロナウイルス感染症の発生起源を巡り、オーストラリアと中国政府の関係が冷え込んだ際には、中国当局は豪州籍の記者2人の出国を禁止しました。また、2023年には世界最大級の広告会社である英国WPPでも幹部1人と元社員2人が逮捕される事態が発生しています。かつて英国法の下で人権や企業の自由な事業運営が尊重されていた香港でも、国家安全維持法によって個人や企業への取り締まりが強化されました。米国の調査会社ミンツグループでは、2023年に中国人従業員5人が拘束され、その後香港オフィスを閉鎖せざるを得なくなりました。
最近では、米金融大手のウェルズ・ファーゴが従業員の中国渡航を禁止するなど、主要先進国の企業の間では、中国での合弁事業の継続が危険であるとの認識が広まっています。従業員の安全確保や自社データ管理に関するコンサルティング依頼も増加しており、多くの企業が「中国事業をどうすべきか」という根本的な問題に直面していると言えるでしょう。
結論
中国における「反スパイ法」の厳格化と恣意的な運用は、日本企業を含む海外企業にとって深刻な事業リスクをもたらしています。アステラス製薬社員への判決は、その一端を示すものであり、今後も類似の事例が増加する可能性を否定できません。中国市場の魅力は依然として大きいものの、企業は従業員の安全確保、情報管理、そして法的リスクに対する厳格なリスクマネジメント体制を再構築する必要があります。在留邦人や出張を計画する企業関係者は、最新の情報を常に収集し、極めて慎重な判断が求められます。
参考文献
- PRESIDENT Online (プレジデントオンライン): アステラス製薬の60代社員に実刑判決…中国でビジネスをするなら「この事実」を直視せよ (2025年7月28日公開)