朝ドラ『あんぱん』と重なる?やなせたかし「三越時代」の意外な素顔と妻の支え

2025年前期連続TV小説『あんぱん』では、主人公の柳井嵩(やないたかし)が「三星百貨店」に入社する展開が描かれ、視聴者の注目を集めています。これは『アンパンマン』の作者、やなせたかし氏が実際に経験した百貨店勤務時代をモデルにしているとされ、そのユニークな働き方や、後の成功につながる重要な期間でした。本記事では、やなせたかし氏が三越で過ごした「ツッパリ社員」時代の実像に迫り、妻の暢(のぶ)さんが果たした役割を紐解きます。

三越入社:生意気な態度も「見どころあり」と評価され

やなせたかし氏自身も、上京後の1947年10月、三越の宣伝部に入社しています。興味深いのは、その入社試験でのエピソードです。当時のやなせ氏は生意気な態度が原因で一度は不採用となったものの、井上慶吉という重役が「見どころがある」と推薦したことで、異例の入社が決定しました。この出来事からも、やなせ氏の若き日の個性的な一面が垣間見えます。彼は1953年3月にフリーランスとなるまで、この百貨店で勤務を続けました。

「ツッパリ社員」と呼ばれた三越での働き方

三越時代のやなせ氏の働き方は、著書『アンパンマンの遺書』で「ツッパリ社員」と自ら振り返るほど、型破りなものでした。新設された宣伝部では当初仕事が少なかったものの、店内装飾や看板デザイン、三越劇場での演劇ポスター制作など、得意の絵を活かす場面も多々ありました。しかし、彼は三越で一生を終えるつもりはなく、いずれ漫画家になりたいという明確な目標を持っていました。

北村匠海演じる柳井嵩(やなせたかしモデル)の姿。朝ドラ「あんぱん」での三越時代の描写に注目。北村匠海演じる柳井嵩(やなせたかしモデル)の姿。朝ドラ「あんぱん」での三越時代の描写に注目。

やなせ氏は自身の勤務態度について、「あまり気乗りしないまま新巻鮭の絵を描いたりしながら三越に務めていた」「もし、その頃のぼくのような部下を持ったとしたら、ぼくでさえとてもがまんができなかったにちがいない」と述懐しています。実際、器用で仕事が早かった彼は、1日の必要量をわずか20分ほどでこなし、残りの時間は漫画を描いたり、私用電話をしたり、外出したりと、自由に過ごしていたそうです。また、権威を嫌う性格から、「平社員だからといってへりくだることはない」と、わざと部長よりも高価な弁当を食べることもあったと語っています。

漫画家としての成功と妻・暢さんの支え

三越勤務当時、出版業界が隆盛を極めていたこともあり、やなせ氏は多数の漫画を投稿し続けていました。その漫画家としての収入は、なんと三越の給料の3倍を超え、部長よりも稼いでいたといいます。妻の暢さんも働いていたこともあり、二人は三越時代に東京・四谷の荒木町に42坪もの家を建てることができました。

それでも、やなせ氏がフリーランスになる際には大きな不安があったそうです。しかし、その背中を力強く押したのは、妻の暢さんの「収入がなければ私が働いて食べさせてあげる」という温かい言葉でした。この一言が、彼が安定した職を捨て、漫画家の道へと踏み出す決定打となったのです。

『あんぱん』では、やなせたかし氏をモデルとした柳井嵩の三星百貨店での働き方や、暢(のぶ)さんが彼にかける言葉がどのように描かれるのか、今後の展開に注目が集まります。

参考書籍:

  • 『アンパンマンの遺書』(岩波書店 著:やなせたかし)
  • 『人生なんて夢だけど』(フレーベル館 著:やなせたかし)
  • 『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(文藝春秋 著:梯久美子)