いよいよ悪運が尽きた――。永田町を飛び交う噂は、自民党の木原誠二衆院議員に関するものだ。岸田文雄政権で官房副長官、石破茂政権では自民党選挙対策委員長など要職を歴任してきた木原氏は、かつて旧統一教会との関係や妻の元夫の不審死で世間の耳目を集めたこともある。しかし、最近では、小泉進次郎氏の自民党総裁選における敗北の影に、彼の戦略ミスがあったのではないかという疑念が深まっている。この出来事は、木原氏自身の政治的運命だけでなく、自民党内の権力構造にも大きな波紋を広げている。
小泉進次郎氏からの厚い信頼と要職歴任
木原誠二氏は、その政策知識と豊富な人脈を背景に、長らく政権の中枢で信頼を築いてきた。自民党関係者は「最近の高市早苗新総裁が選出された10月4日の自民党総裁選では、小泉進次郎農水相の陣営を取り仕切っていました」と明かす。投票前に小泉陣営が開いた決起大会では、木原氏が議員席の最前列中央に陣取り、自信に満ちた笑顔を見せていたという。「進次郎首相なら木原官房長官は確実」とまで囁かれるほどの強い結びつきだった。昨年の総裁選でも進次郎氏を支持していた木原氏は、今回、出馬会見のスピーチ原稿に手を入れるなど、前回以上の熱意を注いでいたとされる。
小泉進次郎氏が演説する様子、聴衆が熱心に耳を傾けている
政治部記者の解説によれば、岸田前首相が木原氏を「右腕」として重用したのと同様に、小泉進次郎氏も政策に精通し、人脈が豊富な彼を深く信頼していた。今回の総裁選では、旧岸田派の後輩である村井英樹前内閣官房副長官や小林史明衆院議員らからなる「チーム木原」を結成し、選挙戦略や政策立案を主導していたという。この厚い信頼と経験が、果たして勝利に繋がるはずだったのだが…。
明らかな戦略ミスが招いた進次郎氏の「改革色」喪失
総裁選の下馬評では、小泉進次郎氏が次期総裁の本命視されていたこともあり、陣営には菅義偉元首相ら重鎮から若手の1年生議員まで、40人以上もの議員が集結した。選対本部長は加藤勝信財務相が務めたが、陣営の一人は、木原氏の働きかけに不満を抱いていたことを振り返る。「木原さんは選対の会議に顔を出さないのに、すでに決まった事案にいろいろと注文をつけてひっくり返す。進次郎さんは、そんな木原さんの言いなりでね。いまだから明かせますが、陣営内には少なからず彼への不満がくすぶっていたんですよ」。
特に、小泉進次郎氏が候補者討論会でひたすら安全運転に徹したことも、木原氏の助言によるものだったとされる。その結果、小泉氏の最大の売りであった「改革色」が薄れ、「カンペ」(原稿読み)という不名誉なあだ名まで流布することになったのだ。この進次郎氏のイメージダウンは、木原氏の政治戦略における明らかな誤算であったと、多くの関係者が指摘している。
自民党内派閥の分裂と木原氏への冷ややかな視線
小泉進次郎氏は、総裁選の1回目投票で党員票において高市氏に大差をつけられ2位に甘んじ、決選投票では議員票でも高市氏を下回り、29票差で敗北を喫したことは周知の事実だ。高市氏の勝利は、麻生太郎元首相率いる麻生派や、旧茂木派の支持を得たことが大きいとされているが、先の政治部記者は、より根深い問題があると指摘する。
「そもそも、岸田氏が旧岸田派をまとめられなかったことが大きいんです。復権を期す岸田氏にとって、総裁のイスを狙う林氏は目障りな存在であり、いずれ『派閥』が乗っ取られてしまうという危機感が強い。前回総裁選でも、岸田氏は林氏の支持に消極的でした」。さらに、旧岸田派は進次郎氏支持の「木原グループ」と「林派」に分裂した結果、木原氏の目算は完全に崩れ、旧派閥内には大きな禍根が残されたという。自民党内からは「あの人は何をやってるんだか」と冷ややかな声が漏れる事態となった。かつて公明党とのパイプ役を担って議席を確保してきた木原氏だが、その公明党は連立を離脱。度重なる批判と戦略ミス、そして盟友の敗北は、ついに彼の政治家としての命運を尽きさせるのか、永田町の注目が集まっている。
Source: https://news.yahoo.co.jp/articles/b05a0840f14fc4096976546b6f25c62f9f5d746b