のどかな田園風景が広がる岐阜県揖斐郡池田町。この町に位置する天然温泉「池田温泉」は、地元住民だけでなく、多くの観光客にも愛されてきた憩いの場です。しかし、2024年7月30日の夜、この人気温泉施設に併設された旅館に衝撃的な出来事が起きました。
定休日にもかかわらず煌々と明かりが灯る「池田温泉旅館たち川」では、運営会社のオーナーであるA氏が慌ただしく段ボール箱を運び出し、軽トラックとバンに積み込んでいました。この光景を目撃したメディア関係者がA氏に話しかけたところ、同行していた弁護士が「もういいんじゃないですか?終わるんだから」と発言。これは、「池田温泉旅館たち川」が“夜逃げ”する瞬間であったことが後に明らかになりました。
「ふるさと創生」が生んだ人気温泉と町の変遷
池田町は、古くは室町時代から“茶の町”として栄えてきた歴史ある地域です。その町に温泉が誕生したのは、1988年に当時の竹下登内閣が発案した「ふるさと創生事業」による「ふるさと創生基金」を活用したことがきっかけでした。町は1995年に温泉の掘削に成功し、翌1996年には「池田温泉」が創業。ヌルヌルとした肌触りが特徴のアルカリ性単純温泉として、瞬く間に多くの利用客を集めました。
年々増加する利用客に応えるべく、2003年には宿泊施設を備えた「池田温泉 新館」がオープン。以来、「池田温泉」は町の観光産業の中心として機能し、本館と新館の1階にある日帰り温泉は、地域のお年寄りたちの憩いの場として親しまれてきました。
高級路線へ転換:「池田温泉旅館たち川」の誕生と繁栄
長らく町が運営してきた池田温泉の本館と新館ですが、観光客の減少という課題に直面するようになります。これを受け、2019年には新館の2階・3階部分に併設されたレストランと宿泊施設の管理・運営が「株式会社たち川」に委託されました。これにより、レストラン「食事処たち川」と宿泊施設「池田温泉旅館たち川」が誕生します。
岐阜県池田町の「池田温泉旅館たち川」が突然閉鎖された様子と、事業者が夜逃げしたとされる状況
「株式会社たち川」のオーナーであるA氏は地元出身の「やり手経営者」として知られ、医療関係を含む複数の会社を運営していました。A氏は旅館の運営を請け負うと、施設を一気にグレードアップさせます。全ての部屋に部屋風呂を設置し、マイクロバブル炭酸が出る装置を導入するなど、贅沢な空間を演出。1人あたり1泊4万円から5万円という価格設定の「超高級旅館」へと姿を変え、大手宿泊予約サイトのランキングで度々1位を獲得するなど、人気宿としてその名を馳せました。
さらに、A氏は旅館運営と並行して、ブームに乗じた「高級食パン」を扱うパン屋や喫茶店も開業。旅館内でパンを販売するなど、積極的にグループ経営にも力を入れていました。
華やかな外観の裏で進行していた「崩壊寸前」の危機
一見すると順風満帆に見えた「池田温泉旅館たち川」の経営ですが、その内実は“崩壊寸前”の状態であったことが、後に明らかになります。7月下旬には、従業員からメディアに対し、旅館が抱える深刻な問題について証言が寄せられていました。
突然の閉鎖と“夜逃げ”疑惑は、華やかな高級旅館の裏で進行していた危機的状況を白日の下に晒すこととなりました。この出来事は、地域に愛されてきた温泉旅館の行く末だけでなく、現代における企業の経営倫理や、予期せぬ事態が引き起こす社会的な影響について、改めて考えさせるものとなっています。今後の報道で、この「超高級旅館」を巡る詳細がさらに明らかになることが期待されます。