関経連松本会長の「郷に入っては郷に従え」発言が波紋:中国での邦人拘束と財界の反応

「郷に入っては郷に従え」――関西経済連合会(関経連)の松本正義会長(住友電気工業会長、80)によるこの発言が、日本の財界で大きな波紋を広げています。背景には、中国でスパイ行為の容疑で実刑判決を受けた日本人社員の事案があり、関西経済にとって中国が極めて重要な貿易相手国であるにもかかわらず、「財界トップの発言としてバランスを欠く」といった懸念が内部で渦巻いています。一方で、長年にわたり中国当局と深い人脈を築いてきた松本氏の「深慮」として、この発言を擁護する見方も存在します。

中国における日本人社員拘束事件と松本会長の発言の背景

この問題の発端は、7月16日にアステラス製薬の日本人男性社員が中国でスパイ活動をしたとして、北京の裁判所で実刑判決を受けたことにあります。中国当局は取り調べの過程で、罪を認めた場合に量刑が減軽される制度を説明し、事実上の司法取引を促したとされています。中国では司法も共産党の強い統制下にあり、男性社員は上訴期限の28日、控訴しないことを選択しました。

松本会長の発言は、この控訴期限当日の7月28日に大阪市内で開かれた関経連の定例記者会見で飛び出しました。松本氏は「本当にスパイ行為をしたのかどうか分からない」としつつも、「外国のルールを守るべきであり、郷に入っては郷に従え、だ」と強調。「控訴しないのは、そういう節があったということだと思う」「中国抜きで日本は成り立たない。日中は(極めて近接している)一衣帯水であり、断絶はあってはならない」と、中国との関係維持の重要性を力説しました。

昨年11月、中国を訪問し現地の経済界関係者と会談する関西経済連合会の松本正義会長(中央)。氏の最近の発言が日中関係に波紋を広げている。昨年11月、中国を訪問し現地の経済界関係者と会談する関西経済連合会の松本正義会長(中央)。氏の最近の発言が日中関係に波紋を広げている。

関西財界内部の懸念と多様な見方

松本会長の一連の発言に対し、関西財界からは賛否両論が噴出しています。ある大手企業経営者は、「松本氏の発言は中国に寄りすぎている感がある。海外でビジネスを展開する上で法令順守は当然だが、『一衣帯水』という関係の近さを強調しつつも、『郷に入っては郷に従え』とまで言ってしまうと、『中国の言うことに従えばいい』という誤解を生みかねない」と懸念を表明しました。

松本氏は2017年5月から関経連会長を務め、現在5期目。2027年5月の任期満了時には在任期間が10年となる予定です。その大胆な発言は松本氏の持ち味とされますが、ある財界関係者は「行き過ぎた発言があった場合は、誰かが助言すべきだった」と苦言を呈しており、会見中にそうした軌道修正の動きは見られなかったようです。

しかし、別の見方もあります。関西は電子部品をはじめとする多くの分野で中国との取引が非常に盛んです。関西財界は1972年の日中国交正常化以前から独自の「パイプ」を構築し、貿易振興や経済交流を積極的に推進してきました。漢詩を好み、中国文化にも造詣が深い松本会長は、中国側との良好な関係を長年にわたり築いてきた人物です。そのため、一部では、デリケートな日中関係の中で、あえて厳しい表現を使うことで中国側の理解を促し、日本人社員拘束問題の解決や今後の経済交流の円滑化を図る「深慮」が背景にあるのではないかとの憶測も呼んでいます。

関西経済と日中関係の重要性

この発言は、日本、特に経済的に中国との結びつきが強い関西地域にとって、複雑な日中関係の中でビジネスを展開する際の課題とリスクを改めて浮き彫りにしました。中国の不透明な司法制度や企業活動におけるリスクが増す中、日本企業は現地の法規遵守と同時に、自国民の安全確保という難題に直面しています。松本会長の発言は、このような複雑な状況下での企業経営者の葛藤と、日中関係の安定を求める強い願いの表れとも言えるでしょう。

参考文献