かつては「成人したら親元を離れ自立すべき」という考え方が一般的でしたが、現代では経済状況や多様な価値観から、実家暮らしを選ぶ若者も少なくありません。しかし、その根底には「家族がお互いに納得しているか」という重要な前提があります。今回は、ある家庭で起きた深刻な対立事例を通じて、実家暮らしの新たな側面と親世代の苦悩を探ります。
63歳父親の経済状況と拭えない老後の不安
Aさん(仮名・63歳)は、定年退職後も再雇用制度を利用して現役時代の半分となる年収380万円で働き続けています。夫婦合算の年金見込額は月24万円程度とされ、迫りくる老後に向け、日々節約に励む生活を送っています。
Aさんには39歳の長男と34歳の長女がいます。長女は既に結婚し、郊外で家庭を築いていますが、長男は独身で結婚の予定もなく、これまで一度も実家を出たことがありません。システム関連企業に勤める会社員である長男に対し、Aさんはこれまでも「そろそろ家を出るべきではないか」と問いかけてきましたが、その度に「お金がない」「もう少しだけ」とはぐらかされ、事態は解決しないままでした。
しかし、Aさんも63歳となり、2年後には本格的な年金生活が始まります。このままでは、長男が一生実家で暮らすのではないかという深い懸念がAさんを苛んでいました。
39歳長男が明かした驚愕の「FIRE」計画
長男の貯蓄状況について改めて問いただすことにしたAさんは、つい強い口調で「もうすぐ40歳なのに、貯金がないとはどういうことだ?その年齢でお金の管理もできないなんて恥ずかしいと思わないのか」と問い詰めました。この問いに対し、長男から返ってきた言葉は、Aさんにとってまさに衝撃的なものでした。
長男はこれまで秘密にしていた自身の収入と貯蓄額を明かしました。「あえて言わなかったけど、年収は600万円まで上がったし、投資分と合わせて3,000万円の貯蓄がある」と打ち明けたのです。さらに、長男は驚くべき目標を告げました。「俺は1億円貯めて40代でFIRE(Financial Independence, Retire Early:経済的自立と早期リタイア)したいんだ。ここにいれば家賃も光熱費も浮くし、効率がいい。いざとなったら、このお金で父さんと母さんの老後も助けられる。何か問題あるの?」
これを聞いたAさんは呆然としました。
経済的自立を巡る親子間の対立と老後を案じる家族の姿
親子間の価値観の相違と父の限界
Aさんは、長男の言葉に深く落胆しました。「家を出られない経済的な事情があるならまだしも、これだけの収入と資産があるのに『居座り宣言』ですからね。本当に驚きましたよ」とAさんは語ります。長男が「親の老後を助けられる」と口にしたことについても、「結局のところ、家賃のかからないホテル代わりとして家を利用しているに過ぎない。……正直、もう我慢の限界です」と、その心情を吐露しました。
この事例は、単なる実家暮らしの問題を超え、世代間の価値観の相違、経済的自立の認識、そして親世代の老後への切実な不安が複雑に絡み合っていることを示唆しています。
結論:実家暮らしの「納得」と「線引き」の重要性
本記事で取り上げたAさんの事例は、成人した子が親元で暮らす「実家暮らし」が、必ずしも円満な関係を意味しない現実を浮き彫りにしました。経済的な合理性を追求する子の価値観と、老後の生活や子の自立を願う親の価値観との間に大きなギャップが生じた時、家族関係に深刻な亀裂が入る可能性があります。
円満な実家暮らしを続けるためには、お互いの経済状況、将来の計画、そして生活におけるルールや貢献について、率直に話し合い、明確な「線引き」をすることが不可欠です。コミュニケーション不足は誤解や不満を募らせる原因となり、結果として親世代の大きな負担となりかねません。家族それぞれが納得できる形を見つけるための対話こそが、より良い親子関係を築くための第一歩となるでしょう。
参考文献: