アメリカンイーグル広告、ハリウッド女優起用で優生学論争勃発:米国社会を二分する背景

ハリウッド女優シドニー・スウィーニーが出演した米国アパレルブランド「アメリカンイーグル」のジーンズ広告が、現在、米国社会を大きく二分する論争を巻き起こしています。この広告では、発音が似ている「jeans(ジーンズ)」と「genes(遺伝子)」をかけた言葉遊びが用いられており、これが優生学的な示唆を含むとして、進歩(リベラル)陣営からの厳しい批判を招いています。

「ジーンズ」と「遺伝子」の言葉遊びが波紋を呼ぶ広告

問題の広告映像では、シドニー・スウィーニーがジーンズを着用しているシーンに合わせ、「ジーンズは親から受け継がれるもの」、「ときに髪の色、瞳の色、性格まで決める」というナレーションが流れます。最後にスウィーニーの青い瞳がクローズアップされ、「私のジーンズは青い」というフレーズで締めくくられる構成です。また、別の広告バージョンでは、スウィーニーが壁に書かれた「Great Genes」の「Genes」に線を引き、「Jeans」と書き直す場面も登場し、この言葉遊びを明確に示しています。

アメリカンイーグルのジーンズ広告で、ハリウッド女優シドニー・スウィーニーが「Genes」の文字が書かれた壁の前に立つ姿。米国で優生学的な示唆をめぐる論争を巻き起こしたCMの一場面。アメリカンイーグルのジーンズ広告で、ハリウッド女優シドニー・スウィーニーが「Genes」の文字が書かれた壁の前に立つ姿。米国で優生学的な示唆をめぐる論争を巻き起こしたCMの一場面。

専門家・メディアからの厳しい指摘と優生学の影

このジーンズ広告に対し、AP通信は「意図的であるか否かにかかわらず、優生学への暗示と受け取られる可能性がある」と指摘しました。優生学とは、特定の遺伝的特徴に基づいて人間を選別・改良しようとする理論であり、その歴史的背景から非常にデリケートな問題として認識されています。ミシガン大学経営大学院のマーカス・コリンズ教授は、広告に多様な人種のモデルが登場していれば非難を避けられた可能性に言及し、「無知だったか、怠慢だったか、あるいは意図的だったか」と批判の矛先を向けました。また、CNNは昨年ドナルド・トランプ前大統領が、犯罪を犯した不法移民に対して「悪い遺伝子を持っている」と発言したことを想起させると指摘し、人種差別的な文脈で捉えられる可能性を示唆しました。

SNSで爆発的拡散:人種差別をめぐる議論の激化

アメリカンイーグルのジーンズ広告が持つ論争的な要素は、公開後瞬く間にSNS上で拡散されました。7月23日(現地時間)にYouTubeで公開されたこの広告映像は、わずか10日間で再生回数400万回を超え、コメント数は1万1000件以上に達する爆発的な反応を記録。これらのコメントの大半は、この広告が人種差別的であるかどうかをめぐる激しい議論に集中しており、米国社会の分断を浮き彫りにしました。

トランプ氏も参戦:PC主義への批判と文化戦争の活用

この広範な論争は、政治の舞台にも波及しました。ドナルド・トランプ前大統領は8月1日、メディアのインタビューでジーンズ広告に関する質問を受け、「バドライト」ビールの広告論争を引き合いに出して言及しました。トランスジェンダーのインフルエンサーを起用したバドライトの広告は、保守層を中心に不買運動を巻き起こし、「史上最悪の災害であり、最も失敗した広告だ」とまで酷評されました。スウィーニーの広告については多くを語らなかったものの、「ポリティカル・コレクトネス(PC、政治的正しさ)」に偏った広告への批判を通じて、間接的に自身の立場を表明する形となり、この論争が米国の文化戦争の一端を担っていることを示唆しました。

保守層の反発とシドニー・スウィーニーへの擁護

一方、保守層からは、今回の広告論争が進歩派のPC主義に基づく過剰反応だという反発が強まっています。特に、シドニー・スウィーニーが共和党員として登録されているという報道が出ると、彼女を擁護しようとする動きが加速しました。元FOXニュース司会者のメーガン・ケリー氏は自身のX(旧ツイッター)で「左派の過剰反応が、かえって美しい金髪女性への関心を高めてしまった」と皮肉めいたコメントを投稿。ホワイトハウスのスティーブン・チョン広報部長も「ジーンズ広告から『白人優越主義』を読み取ること自体がどれだけ愚かなことかを示している」と主張し、「こうしたとんでもない攻撃こそ、トランプ氏が再選に成功した理由だ」と述べました。J・D・バンス副大統領も「民主党は、シドニー・スウィーニーを美しいと感じる人々をナチス扱いしている」と皮肉り、この論争が政治的な道具として利用されている側面があることを示唆しました。英紙インディペンデントも、「保守陣営が文化論争を戦略的に活用している」と分析しています。

論争の果ての「最終的勝者」とは?

アパレル業界は、このジーンズ広告をめぐる一連の文化論争において、アメリカンイーグルを最終的な勝者と見ています。アメリカンイーグルは今年2月から4月期において売上高が前年同期比で5%減少と苦戦していましたが、シドニー・スウィーニーをモデルに起用し、この論争が勃発して以降、株価が4%以上上昇しました。賛否両論を巻き起こしながらも、結果的にブランドへの注目度を高めることに成功したと言えるでしょう。

この論争は、単なる広告の是非を超え、現代米国社会に潜む複雑な文化的、政治的対立、そしてポリティカル・コレクトネスの線引きに関する議論を浮き彫りにしています。

参考資料

  • AP通信 (AP News)
  • CNN
  • X (旧ツイッター)
  • 英紙インディペンデント (The Independent)
  • Yahoo!ニュース