「現金のない社会」への移行は中国で急速に進んだが、その波は北朝鮮の首都・平壌にも押し寄せている。在日本朝鮮人総連合会機関紙「朝鮮新報」の報道によると、世界的に普及が進む携帯電話(手電話機)を利用した電子決済サービスが平壌で主流となりつつあり、商業施設では現金での支払いがほとんど見られなくなったという。
平壌で広がる「電子財布」の利用
北朝鮮で「電子財布」と呼ばれる電子支払いシステムは、飲食店や商店での商品・サービス代金決済だけでなく、公共交通機関の料金や携帯電話のチャージにも利用されている。「サムフン」「チョンソン」「マンムルサン」など、複数の電子決済システムが展開されており、その利便性が住民の間で広く受け入れられていることがうかがえる。これにより、平壌市民の生活様式に大きな変化が起きている。
「ファウォン電子銀行」の登場とATMの役割
昨年10月には、韓国のカカオバンクやKバンクに類似したインターネット銀行と推定される「ファウォン電子銀行」が開業したと報じられた。この銀行は、平壌および地方の主要百貨店、病院、薬局など複数の公共施設にATM(自動入出金機)を設置し、利用者を増やしている。ファウォン電子銀行のイ・ギョンイル課長は朝鮮新報に対し、「電子決済体系が一般化した条件下で、多様な電子決済体系にも対応できるよう自動入出金機を開発した」と述べている。住民はファウォンATMを通じて現金預け入れ、引き出し、送金、残高確認ができるほか、電子財布のチャージも可能となっている。
北朝鮮・平壌で普及が進む携帯電話による電子決済サービスの画面イメージ。電子財布アプリの利用状況を示すもの。
現金とデジタル決済の橋渡しとしてのATM
一般的に、モバイル決済が普及した中国ではATMの数が減少傾向にある。例えば、アリペイやウィーチャットペイが普遍化した中国では、2019年から2023年末にかけてATM設置台数が約26.87%減少した。しかし、北朝鮮の場合はまだ電子決済への移行期にあるため、ATMは現金とデジタル貨幣を繋ぐ「橋渡し」として活用されていると見られる。これは、現金からの完全な脱却ではなく、段階的なデジタル化を促進する戦略の一環と言えるだろう。
当局の狙い:経済・社会統制の強化
北朝鮮当局が電子決済の普及に積極的に投資している背景には、単なる利便性の向上以上の意図があるとの分析も出ている。現金と異なり、デジタル取引は100%追跡可能であるため、労働党による経済・社会統制権を強化する狙いがあるとされる。これにより、国民の消費動向や資金の流れをより詳細に把握し、管理することが可能になるため、体制維持の一助となる可能性が指摘されている。
まとめ
北朝鮮・平壌における電子決済の急速な普及は、世界のキャッシュレス化の流れに沿ったものであり、住民の生活に新たな利便性をもたらしている。特に「電子財布」の多様化や「ファウォン電子銀行」の登場は、金融サービスのデジタル化を加速させている。しかし、その背景には、現金とデジタル貨幣の過渡期におけるATMの戦略的活用や、当局による経済・社会統制強化という政治的な思惑も存在すると考えられる。このデジタル化の進展は、今後の北朝鮮社会にどのような影響を与えるのか、引き続き注目される。
参考資料
- 在日本朝鮮人総連合会機関紙「朝鮮新報」
- 聯合ニュース
- Yahoo!ニュース (https://news.yahoo.co.jp/articles/f2afe60a55df2abc5e2eaa81dbdcbf395f62f22e)