東京都国立市の認定こども園で「異変」:保育の危機と地域主体の「てつなぎ保育」の挑戦

東京都国立市にある認定こども園「国立富士見台団地 風の子」で、2025年春に在園児の3分の2が通園できなくなるという異例の事態が発生しました。運営主体の変更に伴う保育士の大量退職、さらには園長の懲戒解雇という背景には、規制緩和によって異業種からの参入が進む現代の保育業界が抱える課題が浮き彫りになっています。本記事では、この「風の子」で何が起きているのか、そして地域と保護者、保育士が一体となって立ち上げた「てつなぎ保育」の現状と、その根底にある保育理念を探ります。

「てつなぎ保育 風の子」の誕生:危機から生まれた自主保育

現在、国立市内で「てつなぎ保育 風の子」として自主保育が行われています。これは、もともと「国立富士見台団地 風の子」(定員35人)の保育士と職員5人が、運営体制の変更とそれに伴う方針への懸念からストライキに入り、2025年4月から自ら保育活動を継続しているものです。2025年8月のある日、「てつなぎ保育 風の子」を訪れると、保育士と4~5歳の園児たちが、お菓子作りの本を借りに図書館へ出かける準備をしていました。一人の男の子が「外に行きたくなーい」と寝転がって抵抗しても、保育士は穏やかな声で「なんで行きたくないのかな?」と問いかけ、その気持ちを尊重しながら見守ります。

国立市で自主保育「てつなぎ保育 風の子」を行う園児と保育士たち。運営困難な認定こども園の代替として、地域が連携し質の高い保育を継続している様子。国立市で自主保育「てつなぎ保育 風の子」を行う園児と保育士たち。運営困難な認定こども園の代替として、地域が連携し質の高い保育を継続している様子。

すると、保育士の言葉通り、皆が出かけ始めると男の子も楽しそうに加わり、「日陰忍者だ!」と木陰を探してジャンプしたり、虫や地面の穴を見つけてはしゃがみこんで観察したりしていました。保育士は一人ひとりの子どもたちに丁寧に向き合いながら、目と鼻の先にある図書館まで約15分かけて、ゆっくりと歩んでいきました。この光景は、「てつなぎ保育」が継承する、子どもたちの主体性を重んじる保育理念を象徴しています。

「風の子」の伝統と教育理念:子どもたちの主体性を重んじる保育

認定こども園「風の子」の前身は、1967年に団地の自治会が設立した「国立富士見台団地幼児教室」に遡ります。発足当初から「その子らしく、そのまま育ってほしい」という願いを胸に、保育士と保護者が日々の保育や運営方針について、ささいなことでも話し合いながら決めるスタイルを貫いてきました。大人からの指示で行動させるのではなく、子どもたちが自ら意欲を持てる環境を整えることを重視し、前述のように、たとえ「やりたくない」という気持ちがあってもそれを尊重し、どうすれば納得して行動できるかを共に考えていく保育を実践してきました。このような「風の子」独自の保育は、長年にわたり地元で高い人気を集め、地域交流の拠点としても機能し続けてきたのです。

転機となった「幼児教育・保育の無償化」政策の光と影

しかし、国の保育政策の変更が事態を一変させました。安倍政権下で「幼児教育・保育の無償化」制度が導入され、2019年10月からは幼稚園や認可保育園などを対象に3~5歳児の保育料が無料となりました。これは多くの保護者にとっては歓迎すべき朗報でしたが、同時に新たな課題も生み出しました。国が定める保育士の配置基準や面積基準などを満たさない保育施設は、たとえ保育の質がどれほど高くても、無償化の対象外とされてしまうためです。この結果、保育料が無料の施設へと転園者が増えることになり、対象外となった施設は経営が成り立たなくなるという懸念が現実のものとなりました。「国立富士見台団地 風の子」もまた、この無償化制度の対象外となり、厳しい経営状況に追い込まれた施設の一つだったのです。

まとめ

東京都国立市の認定こども園「風の子」で起きた一連の事態は、単なる一施設の運営問題に留まらず、日本の保育業界が直面する構造的な課題、特に規制緩和による異業種参入や「幼児教育・保育の無償化」がもたらす影響を浮き彫りにしています。長年の歴史と独自の教育理念を持つ「風の子」が危機に瀕する中で、保育士と地域が連携し「てつなぎ保育」という形で質の高い保育を継続しようとする姿勢は、子どもたちの健やかな成長を守るための強い意志を示しています。今後、こうした地域主体の取り組みが、国の政策とどのように連携し、持続可能な保育の未来を築いていくのか、その動向が注目されます。


参考文献