20年前の夏、覚醒剤に溺れ、住居の5階から飛び降りた一人の暴力団組員がいた。奇跡的に一命を取り留めた彼は今、少年院や刑務所を出た若者たちの社会復帰を支援する側に立ち、人生の再出発を支える活動に尽力している。その中心人物である遊佐学氏(50)は、「こんな私でも変わることができたのだから、人は誰でも、やり直すことができる」と優しい眼差しで語る。絶望の淵から這い上がり、他者の希望となるまでに至った彼の軌跡は、多くの人々に勇気と示唆を与えるだろう。
覚醒剤依存からの転機:十字架と絶望の淵
遊佐氏の人生の転機は、2005年8月初旬、新宿・歌舞伎町の教会で訪れた。覚醒剤による幻聴に苦しむ彼を案じたクリスチャンのヤクザ仲間が、教会へと誘った。「ただ祈っていればいい」と促されるまま、イエス・キリスト像の十字架を見つめるうちに、なぜか涙が止まらなくなったという。この体験が、後の彼を救うきっかけとなる。
しかし、その約一週間後の8月9日、遊佐氏は再び深い闇に突き落とされる。「この世に自分一人しかいないような恐怖と孤独」に襲われ、その絶望から逃れようと覚醒剤を打った。数時間後、記憶がないまま、自宅マンションの5階から飛び降りたのだ。集中治療室で目覚めたのは3日後のこと。右足粉砕骨折などの重傷を負いながらも、奇跡的に命が助かり、約1年間の入院生活を送ることになった。
過去を乗り越え、若者支援の道へ
「人生って、本当に不思議だなって思いますよね」。20年前のあの日の記憶をたどりながら、遊佐氏は静かに語る。死の淵から生還した後、彼は多くの紆余曲折を経て覚醒剤を完全に断ち、堅気の仕事に就いた。そして、かつての自分のような境遇にある人々を支援する活動を少しずつ始めたのだ。
現在、遊佐氏は犯罪や非行に悩む若者の社会復帰を支援する一般社団法人「希望への道」の代表を務めている。その活動が国にも認められ、更生支援のボランティアである「篤志面接委員」の委嘱も受けている。彼の「やり直し」の物語は多くの共感を呼び、全国各地での講演活動を通じて自らの経験を伝え、時にはフィリピンの刑務所に招かれ、国際的な場でもそのメッセージを発信している。
元暴力団組員から社会復帰支援者へ転身した遊佐学氏
自立準備ホーム設立:社会復帰への新たな拠点
遊佐氏の若者支援への情熱は、具体的な行動へと結実している。昨年、彼は生まれ故郷である栃木県栃木市に「自立準備ホーム」を立ち上げた。これは、少年院や刑務所を出た若者たちが社会復帰に向けた準備を行うための重要な拠点となる場所だ。
施設の趣旨を理解しない不動産業者から賃貸契約を何度も断られるなど、設立には多くの困難が伴った。しかし、遊佐氏は自身の貯蓄をはたき、築40年を超える5LDKの民家を購入。この家が、彼の新たな活動拠点となった。彼は自身の経験から、少年院や刑務所を出た人々が「やり直し」を成功させるためには、3つの欠かせない要素があると語る。この自立準備ホームは、その要素を提供し、若者たちが安心して新たな人生を歩み始めるための基盤となることを目指している。
遊佐氏の活動は、過去の過ちを乗り越え、誰にでもやり直せるチャンスがあるという希望のメッセージを社会に発信し続けている。彼の存在は、単なる支援者にとどまらず、社会の片隅で苦しむ人々にとっての「道標」となっている。
参考文献: