日本の水源地、外資による買収の波紋:日本の地下水法制度が招くリスクと対策

日本各地の豊かな森林や水源地が、今、静かに、しかし着実に外資の手に渡っている事実は、どれほど多くの人々に知られているでしょうか。特に中国系資本による日本の森林買収が相次いでおり、その背景には、地下水に関する日本の法制度の特異性が深く関わっています。ルポライターの昭島聡氏が指摘するように、「地下水は土地所有者の私有財産」という日本の制度が、豊富な水を支配する格好の機会を与えているのです。この動向は、単なる土地取引以上の、日本の水資源、ひいては国土保全に関わる重大な課題として、喫緊の対策が求められています。

日本の豊かな森林と水源地。外資による買収問題の対象となる重要な自然資源のイメージ。日本の豊かな森林と水源地。外資による買収問題の対象となる重要な自然資源のイメージ。

日本の水源地に忍び寄る外資の影

日本の水資源に対する外国資本の関心は、決して最近始まったことではありません。最初の顕著な動きは2008年、三重県大台町で確認されました。宮川ダム湖畔の原生林に対し、中国系企業が突然買収を打診。町側は水源林としての保全を強く望み、交渉は決裂しました。この一件は、各地の自治体や森林組合に危機感をもたらす契機となります。

同年、長野県天龍村でも同様の動きがありました。中国系の人物が「知人の中国人が森林を相場の10倍で買いたがっている」との意向を地元に伝えましたが、これも住民側の判断で断念に至っています。しかし、こうした動きは一時的なものではなく、水資源を狙う中国側の視線は執拗に全国へと広がり続けました。2009年には岡山県真庭市で、水源林の伐採と買収をめぐる中国関係者との交渉が報じられ、2010年には再び三重県大台町に中国の関係者が現れ、森林伐採と輸出を目的とした打診を行いましたが、これも町によって拒否されています。

買収成立事例の増加と具体的な影響

初期の警戒や拒否にもかかわらず、実際に外資による森林・水源地の買収が成立する事例は増加の一途を辿っています。2010年には北海道伊達市や壮瞥町などで、中国資本がゴルフ場跡地の700ヘクタールを超える森林を買収しました。この中には水源機能を持つ保安林の一部も含まれており、その影響が懸念されました。

さらに、群馬県嬬恋村では、中国系のシンガポール国籍の投資家が水資源を抱える森林を購入し、契約には明確に「水の利用権」が盛り込まれていたことが明らかになっています。2013年には静岡県の御殿場市周辺で、富士山麓の土地をめぐり、中国系企業が「水工場をつくりたい」「井戸付きの土地を探している」として、連日50件を超える電話を地元にかけていたと報じられました。

その後も買収の動きは続き、2015年には北海道ニセコ町で、香港資本が水源林を取得。坪単価わずか120円という、極めて異常な低価格での売却が確認され、問題の深刻さが浮き彫りになりました。

買収の背景:中国系資本の動向と日本の法制度

シンクタンクであるサントリー財団が2016年に公開したレポートは、日本の水源林を購入した企業や個人の約6割が中国大陸のバイヤーであり、残り4割が香港系であるという実態を明らかにしています。このデータは、特定の地域からの集中的な関心を示唆しており、背後にある戦略的な意図を推測させます。

ルポライター昭島聡氏が著書『シン中国移民 彼らが日本に来る理由』で指摘するように、この問題の根源には、日本の法制度の特異性があります。多くの国では地下水は公共財とされていますが、日本では土地の所有者がその土地の地下水を私有財産として支配できるという点が、外資、特に水資源に乏しい中国系資本にとって魅力的な要因となっているのです。土地を買収すれば、その下の豊富な地下水も同時に手に入れることができるという構造が、日本への投資を加速させています。

国と地方自治体の対応と今後の課題

こうした事態を受け、林野庁は2009年から各都道府県を対象に外国資本による森林買収の実態調査を開始しました。これと並行して、各地の自治体も水資源を含む土地に対する警戒感をようやく強めるようになりました。しかし、法的な抜け穴が依然として存在し、買収そのものを制限する抜本的な対策は不十分なままです。

水資源は、食料生産、生態系維持、災害防止など、国家の安全保障と国民生活の基盤を支える極めて重要な天然資源です。その支配権が外国資本に渡ることは、長期的に見て日本の将来に大きな影響を及ぼす可能性があります。早急に、水資源保護を目的とした法整備を進め、外国資本による安易な土地買収に歯止めをかけることが、日本にとって喫緊の課題と言えるでしょう。

参考文献

  • 昭島聡 著『シン中国移民 彼らが日本に来る理由』宝島社新書
  • 林野庁 外国資本による森林買収に関する実態調査
  • サントリー文化財団 報告書 (2016年)
  • 各ニュースメディアの報道 (三重県大台町、長野県天龍村、岡山県真庭市、北海道伊達市・壮瞥町、群馬県嬬恋村、静岡県御殿場市、北海道ニセコ町に関する記事)