ドキュメンタリー映画『黒川の女たち』:満州「性接待」の隠された歴史と被害者の証言

終戦から80年を迎える今年、ドキュメンタリー映画『黒川の女たち』が全国でロングラン上映され、大きな注目を集めています。この作品は、旧満州へ渡った黒川開拓団の女性たちが、終戦直後にソ連軍による「性接待」という名の性暴力を受けた壮絶な史実を描いています。現地で略奪と暴行が横行する中、開拓団幹部は警護の見返りに女性たちを差し出しました。当事者の切なる声が刻まれた本作の監督は、数々の賞を受賞した松原文枝氏です。

戦時中の黒川開拓団の若い女性たち。後列右端は性被害を証言した佐藤ハルエさん。戦時中の黒川開拓団の若い女性たち。後列右端は性被害を証言した佐藤ハルエさん。

「強い意志」が語らせた壮絶な体験

松原監督が、黒川開拓団の女性たちが受けた性暴力の事実を初めて知ったのは2018年。岐阜市民会館で開催された「語り部の会」で、当事者の一人である佐藤ハルエ氏が自身の「性接待」という名の性暴力について語った新聞記事を目にしたのがきっかけでした。当時93歳だった佐藤氏が公の場で自身の性被害について話すという行為に、松原監督は「相当な勇気と覚悟がいる」と大きな衝撃を受けました。事実を隠し通そうとする人もいる中で、「なぜこの人は話せるのだろう」という問いが生まれ、記事に添えられた写真からは彼女の「強い意志」を感じ取ったと言います。この出会いが、「この人の話を聞きたい」という松原監督の強い動機となりました。

実名と顔出しで満州での性暴力について証言する決意をした佐藤ハルエ氏。実名と顔出しで満州での性暴力について証言する決意をした佐藤ハルエ氏。

隠され続けた「乙女の碑」の真実

松原監督が最初に着手したのは、2018年11月に岐阜県白川町の神社境内で行われた「乙女の碑」碑文除幕式の映像記録です。「乙女の碑」は1982年に建立された慰霊碑で、満州での性暴力により梅毒や淋病などの性病で亡くなった4人の女性たちを慰霊するものでした。しかし、この慰霊碑が何を意味するのかを説明する記述は、建立から2018年の碑文建立までの73年間、一度も添えられていませんでした。これは、遺族会や村の人々がこの事実を長らく隠蔽してきたことを意味します。それでも佐藤ハルエ氏のように声を上げ続けた女性たちの悲願が実り、碑文が完成。この除幕式は、黒川開拓団の「負の歴史」が初めて世に公表された画期的な出来事を意味するものでした。

ドキュメンタリー映画『黒川の女たち』は、戦争の影で長らく語られることのなかった満州での性暴力という「隠された歴史」に光を当てています。佐藤ハルエ氏をはじめとする当事者たちの勇気ある証言は、歴史の真実を次世代に伝えることの重要性を強く訴えかけます。こうした重い史実と向き合い、未来へ語り継ぐことこそが、平和への第一歩となるでしょう。

参考文献:
映画『黒川の女たち』松原文枝監督、満州の「性接待」被害者を追って見つけた「隠された歴史」の重み – Yahoo!ニュース