太平洋戦争終結から80年目を迎える日本。戦争体験者が減少の一途を辿る中、当時の記憶や記録をいかに次世代へ継承していくかは、喫緊の社会課題となっています。このような背景のもと、戦前・戦後の貴重な白黒写真約350枚をAI技術と人の手でカラー化した書籍『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社新書)が、幅広い世代から好評を博し、累計6万部を突破するベストセラーとなっています。
戦争の「現実」を現代に繋ぐ:カラー化写真の試み
現代の20~30代にとって、戦争は遠い昔の出来事であり、その「リアリティ」を感じ取ることは容易ではありません。本書の担当編集者である髙橋恒星さんは、「戦争体験者がゼロになる未来が見えてくる中で、戦争体験をどう伝えていけばよいのかという課題意識があった」と語ります。この課題に対し、カラー写真という手法が新たな突破口を開きました。
髙橋さんは、作家J・ウォーリー・ヒギンズ氏のカラー写真集『秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本』から着想を得て、戦前・戦後の風景や戦地の光景をカラーでまとめることを考案。その中で、渡邉英徳氏と庭田杏珠氏による写真カラー化プロジェクト「記憶の解凍」を知り、直感的に「これだ!」と感じたといいます。カラー化された写真を通して、「写真に写っている人々が実際にどんな土地で、どんな風に暮らしていたのか」を視覚的に提示することで、読者が戦争が抱える諸問題について深く考えるきっかけを提供できるという発想でした。
AIと人の手によりカラー化された、マーシャル諸島に立つ日本兵たちの姿
AIと「人」の協調:歴史の正確性を追求する採色作業
本書が「現在と地続きに“当時”を感じられる」と話題を呼んだ一方で、白黒写真をカラー化する作業は決して容易ではありませんでした。AI技術による自動カラー化は便利であるものの、「パッと見は良くても、細かい部分の色がおかしい」「全体の色調が不自然」といった問題が生じることが頻繁にあったと髙橋さんは明かします。
AIが生成した色が誤っている場合、そのまま使用すれば「誤った記録や記憶を固定化させてしまう」危険性があります。そのため、本書ではAIによるカラー化だけでなく、人間の手作業による丁寧な調整が不可欠でした。タイトルが「AI“が”カラー化した」ではなく、「AI“と”カラー化した」となっているのは、この共同作業の重要性を反映しています。収録されているほとんどの写真は、提供者と著者が何度も話し合い、色調の調整を重ねて完成されたものです。「歴史を語り継ぐ」という点で、この徹底した正確性への追求が本書の信頼性と価値を高めています。
まとめ:記憶の継承に貢献する新たな視点
高いクオリティでカラー化された貴重な写真が多数収録された本書は、発売以来、販売部数以上に数多くの反響を呼び続けています。現代の技術と人間の専門知識が融合することで、遠い昔の出来事であった戦争の記憶が、より鮮明に、より「リアル」に、そして何よりも「身近なもの」として私たちに語りかけます。この一冊は、戦争体験が風化しつつある時代において、次世代への記憶の継承に重要な役割を果たすでしょう。
本書は2020年7月に発売され、現在6刷、電子版を含め6万部を売り上げています。
参照元
文春オンライン