石破茂首相が“続投”への意欲を示す中、日本は国際社会において極めて重要な局面を迎えています。国際基督教大学の政治学・国際関係学教授であるスティーブン・R・ナギ氏は、現在の状況が「安倍晋三氏以降6人の首相による短命政権で日本の国際的地位を著しく低下させた2006年から2012年の二の舞を演じること」を強く危惧しています。国民の明確な審判である先の総選挙での歴史的敗北にもかかわらず、少数政権を目指す石破氏の動向は、かつての政治的混乱を再燃させ、日本の国際的影響力に深刻な影を落とす可能性を孕んでいます。
「回転寿司」政権の再現か:2006年〜2012年の政治的混迷
自民党と公明党の連立政権は、先の総選挙で有権者からの明確な「ノー」を突きつけられ、15年ぶりに国会の過半数を失う歴史的惨敗を喫しました。しかし、石破首相はこの民主的な審判を無視し、少数与党政権の組閣を目指す動きを見せています。自民党内には石破氏の辞任を求める声があるものの、少数与党体制となることに変わりはなく、この不安定な状況は、かつて日本の国際的地位を著しく低下させた「失われた政治の10年」の悪夢を再現させる危険性を孕んでいます。
日本の政治は2006年の小泉純一郎首相退陣から2012年の安倍晋三氏の復帰までの6年間で、6人もの首相を輩出しました。安倍晋三氏(第1次、1年)、福田康夫氏(1年)、麻生太郎氏(1年)、鳩山由紀夫氏(8カ月)、菅直人氏(1年3カ月)、野田佳彦氏(1年3カ月)と、いずれも短命に終わる政権が続きました。この期間、国内政治に終始した日本は、国際社会における存在感を著しく低下させました。
石破茂内閣総理大臣が発言する様子。短命政権の悪夢を避けるため、日本の政治安定が国際社会で重要視されている。
国際社会における日本の地位低下とその影響
当時、国際会議の場では、外国首脳たちが「次のサミットではどうせ違う顔が来るのだから、日本の首相の名前を覚える必要はない」と冗談交じりに語っていたと言われます。この嘲笑は、日本の影響力が自国の重要な国益すら推進できないレベルまで失墜していた厳しい現実を物語っていました。外交関係者によると、「日本の首相が頻繁に交代するため、他国首脳も継続的な関係構築を諦めていた」とされ、アジア外交においてもASEAN諸国の首脳からは「日本の政策の継続性に疑問を持たざるを得ない」という困惑の声が相次ぎました。
特に深刻だったのは、2008年のリーマンショック後の世界金融危機や2011年の東日本大震災といった国家的危機への対応です。政権の座にいる時間が短すぎるため、どの首相も長期的視点に立った政策を打ち出すことができず、継続的な政策実施が困難となりました。国際協調が強く求められる局面でも、日本の首相が頻繁に交代することで、他国との継続的な関係構築が阻害されました。
長期的負の遺産:経済競争力と国民の政治不信
この時期の政治的混乱は、単なる永田町の権力闘争に留まりませんでした。結果として、日本経済の競争力低下、外交における発言力の減退、そして国民の政治不信の深刻化という、三重の負の遺産を残すことになりました。中国のGDPが日本を抜いて世界第2位となったのも、奇しくもこの政治的空白期と重なっています。
石破首相が国際社会の中でどのような舵取りをするか、そしてその政権が安定を保てるか否かは、日本の未来、ひいては国際的な地位に直接影響を与えます。過去の教訓から学び、安定した政治基盤を築くことが、日本が国際社会での信頼と影響力を回復し、国益を最大化するための喫緊の課題と言えるでしょう。