国境問題を巡り冷却化していた中国とインドの関係が、改善の兆しを見せています。この接近の背景には、トランプ米大統領による強硬な関税政策が大きく影響しており、両国間の地政学的な連携に新たな動きが生まれています。
王毅外相とモディ首相が「国境問題の適切管理」で合意
中国の王毅共産党政治局員兼外相は5月19日、インドを訪問し、モディ首相らと会談しました。この会談では、両国が国境問題を適切に管理し、係争が二国間関係全体に影響を及ぼさないようにすることで一致。インド外務省によると、モディ首相も「公正、合理的かつ相互に受け入れ可能な解決」を目指す考えを示しています。
同日、王毅外相はインドのドバル国家安全保障補佐官とも会談し、中印国境問題を協議するための専門家グループと作業部会の設置で合意に至りました。これらは既存の対話枠組みの下に発足し、両国間の懸案解決に向けた具体的なステップとなります。さらに、両国間では直行便の早期再開や、観光客、商用、報道関係者に対する査証(ビザ)発給の円滑化についても合意がなされ、人的・経済的交流の活性化が期待されます。
2020年衝突の傷跡と関係改善の転機
中印関係は2020年、インド北部カシミール地方の係争地ラダックでの両軍衝突により多数の死傷者が出て以来、大幅に悪化しました。これは1962年の中印国境紛争以来「最悪の溝」とも呼ばれるほどの深刻な事態でした。しかし、昨年10月には中印首脳会談が開催され、関係改善への機運が生まれました。この急接近をさらに加速させているのが、トランプ政権が各国に強いる関税政策です。
中印関係改善に向けニューデリーで会談する王毅外相とモディ首相
米国の関税政策が中印に共通の「対米不信感」を醸成
トランプ政権は、中国からの輸入品に対して一時145%もの高関税を発動し、現在も一部追加関税は停止されているものの、先行きは不透明です。インドに対しても、ロシア産原油の大量購入を批判し、合計50%の関税を課す方針を示しています。このような米国の通商政策は、中国とインド双方に共通する「一方的な行動」への不信感を生み出しており、王毅外相もモディ首相との会談で「われわれは一方的ないじめに反対することで一致した」と述べています。これは、両国が米国の一国主義的なアプローチに対して連携する姿勢を示唆するものです。
中国の戦略的狙いとインドの経済的思惑
中国にとって、インドへの接近は、日米豪印の協力枠組みである「クアッド」の連携にくさびを打ち込むという戦略的な狙いがあります。インドは、中国が影響力拡大を図る「グローバルサウス」と呼ばれる新興国・途上国群の中でも特に強い影響力を持つため、中国にとっては是が非でも取り込みたい相手です。一方、インド側には、中国との関係強化を経済成長の強力なテコにしたいという思惑があります。貿易や投資を通じて、自国の経済発展を加速させる好機と捉えているのです。
今後の展望:モディ首相訪中と残る課題
モディ首相は今月末に約7年ぶりに中国を訪問し、習近平国家主席と首脳会談を行う予定です。この会談が、中印関係のさらなる接近をどこまで推進するのかが注目されます。しかし、長年にわたる国境を巡る両者の意見の隔たりは依然として大きく、今回の一連の動きがすぐに完全な雪解けにつながるかは未知数です。両国の外交努力と地政学的な変化が、今後のアジアひいては世界の秩序にどのような影響を与えるのか、引き続き注視が必要です。
参考文献
- Yahoo!ニュース (FNNプライムオンライン): 中印関係改善の背景はトランプ関税? 王毅外相とモディ首相が会談 https://news.yahoo.co.jp/articles/1ac8b85bed2bbc11d48125755995ac8d2353265d