日本を動かす官僚の街、霞が関から届けられる「マル秘」情報、文藝春秋の名物コラム「霞が関コンフィデンシャル」の最新ダイジェスト版をお届けします。近年、日本警察の象徴である警視庁の威信が大きく揺らぐ事件が発生しました。化学機械メーカー「大川原化工機」に対する捜査において、その違法性が認められ、同社の冤罪が確定したのです。この事件は、捜査を指揮した当時の警視庁公安幹部、特に「超エリート」と称された“平成元年組”のキャリアに光と影を投げかけています。
大川原化工機冤罪事件:揺らぐ警視庁の信頼と捜査体制の課題
大川原化工機への捜査違法性を認め、謝罪する東京地検の森博英公安部長と警視庁の鎌田徹郎副総監。
2024年6月11日、化学機械メーカー「大川原化工機」に対する警視庁公安部外事一課による捜査の違法性が最終的に認められ、同社の冤罪が確定しました。これは、日本の法執行機関、特に警視庁に対する信頼を大きく揺るがす出来事です。警視庁が同社の社長らを逮捕したのは2020年3月、さらに同年5月には再逮捕を行いました。東京地検もこれらを起訴しましたが、立証が不可能であるとして、初公判直前に起訴を取り消すという異例の展開をたどりました。
この逮捕、起訴当時の警視庁トップは斉藤実警視総監(昭和60年、警察庁出身)であり、捜査指揮の責任者は近藤知尚公安部長(平成元年、警察庁出身)でした。斉藤氏は、皇室の警衛や政治家の警護、サミットのような大規模警備の専門家として知られています。東京オリンピックが2020年に予定されていた際、警備の最高責任者として警視総監に着任し、コロナ禍による翌年への延期後もその職務を全うしました。一方、近藤氏は対日有害活動を行うグループの情報収集を担うインテリジェンス部門の専門家で、警視庁公安部長のほか警察庁外事情報部長などを歴任し、警察大学校校長で退官しました。特に、英ロンドンでの在外公館勤務時には、流暢な英語で意見を述べるその堂々とした対応が、現地の治安当局幹部を唸らせたという逸話も残る人物です。
警察庁「平成元年組」の明暗:エリートたちのキャリアパス
国家公務員I種試験(現・総合職試験)に1位で合格した近藤氏は、「超エリート」として霞が関界隈でその名が知れ渡っていました。警察庁における「平成元年入庁組」は、精鋭揃いとの高い評価を受けており、現在の楠芳伸警察庁長官も同年採用で、早くから「長官候補」として目されてきた存在です。また、元年組では2018年に急逝した今井勝典氏も3位合格と、いずれも旧大蔵省が喉から手が出るほど欲しがった逸材ばかりでした。しかし、入庁から十数年を経て、楠氏と近藤氏の立場は「明暗がくっきり分かれた」と言わざるを得ません。今回の冤罪事件は、近藤氏の輝かしいキャリアに大きな影を落とす結果となりました。
結び
大川原化工機冤罪事件は、単なる一つの刑事事件に留まらず、日本警察の捜査体制における問題点と、長年にわたり築き上げられてきたエリート官僚たちのキャリアパスに、複雑な光を投げかけています。この事件が、今後の警察組織の透明性と信頼性向上にどう影響していくのか、引き続き注視が必要です。本記事では触れていませんが、この事件の詳細は月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」および「文藝春秋」2025年9月号の「霞が関コンフィデンシャル」にて、約5800文字にわたる全文が掲載されており、大川原化工機への謝罪で起きた「ひと悶着」についても言及されています。また、同誌では「財務省に潜む爆弾」や「エースのイメチェン」など、日本社会の深層に迫る記事が多数掲載されています。
「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2025年9月号