私たちが夜空に見上げる天の川銀河(銀河系)には無数の星が輝いていますが、その中で肉眼で見える最も古い恒星の一つとして注目されているのが「カシオペヤ座ミュー(μ)星 A(Mu Cas A)」です。この星は、オリオン座のベテルギウスのような赤色超巨星でも、古い球状星団に属する星でもなく、太陽と同じG型の黄色矮星でありながら、驚異的な127億年という推定年齢を持つことで知られています。カシオペヤ座に位置するこの連星系は、初期宇宙の姿を解き明かす鍵を握っているとされ、世界中の天文学者から関心が寄せられています。
「最古の星」Mu Cas Aとは?
Mu Cas Aは、単なる散在星(星団に属さない恒星)として存在しています。北天の星座カシオペヤ座の巨大なW字形から外側の2本の腕を辿ることで見つけることができます。アラビア語で「Al Marfiq(肘)」を意味する「マルファク」という愛称でも親しまれており、11.6等の暗い伴星Mu Cas Bと連星を構成しています。地球からわずか約25光年という比較的近い距離にあり、秒速約97kmという猛烈な速度で地球の視線方向に接近しています。この動きにより、西暦5200年までには隣のペルセウス座へと移動すると予測されています。
地球から190光年離れた、銀河系で最古級とされる恒星HD140283の想像図。NASAとESAによる(NASA, ESA)
銀河系形成の謎を解き明かす鍵
米ローウェル天文台のサイエンスディレクター、ジェラルド・ファンベル氏は、銀河系に存在する大半の星がMu Cas AとBほど古くないことを指摘しています。この連星は、宇宙開闢のビッグバンからわずか8億年後に始まったとされる銀河系の誕生期における、最初期世代の恒星がどのようなものだったかを教えてくれる貴重な存在です。Mu Cas Aは太陽と同じG型の主系列星ですが、具体的にはG5V型に分類され、太陽(G2V)よりわずかに赤い(表面温度が低い)特徴を持ちます。古い星であるため、水素やヘリウムより重い「金属(重元素)」の含有量が非常に低く、これは初期宇宙の恒星の特徴と一致します。
Mu Cas Aの観測方法
北半球の晴れた夜、光害の少ない場所であれば、Mu Cas Aの連星を肉眼で観測することが可能です。郊外地区に住んでいる場合でも、そこそこの双眼鏡があれば容易に見つけることができるでしょう。観測の際は、カシオペヤ座の巨大なW字形を目印に、その外側の2本の腕を下方へ伸ばした先にMu Cas Aが位置するとファンベル氏は説明しています。夜空の暗さが増す秋から冬にかけては、カシオペヤ座が高く昇るため、観測に適した時期となります。
矮小銀河との関連性
驚くべきことに、連星Mu Casは、まだ天の川銀河の円盤部が形成される以前に、別の矮小銀河内で形成され、その後、天の川銀河に取り込まれた可能性が指摘されています。このような背景を持つMu Casや他の類似の恒星は、天の川銀河がどのようにして現在の姿になったのか、その最初期の進化過程を探る上で、恒星理論研究者にとって非常に興味深い手がかりを提供しています。初期宇宙の組成や銀河の合体といった壮大な歴史を解き明かす上で、Mu Cas Aは「生きた化石」としてその重要性を増しています。
結論
カシオペヤ座ミュー星Aは、その驚異的な年齢と特異な組成から、単なる明るい星以上の意味を持っています。このG型黄色矮星は、天の川銀河の初期の姿や、宇宙における星の生成と進化のメカニズムを解明するための貴重な「宇宙のタイムカプセル」と言えるでしょう。今後もMu Cas Aのような最古級の恒星に関する研究は、宇宙の歴史を深く理解するために不可欠な探求であり続けるでしょう。
参考文献
- 米ローウェル天文台 (Lowell Observatory)
- Forbes Japan (Original Source: Yahoo! News Japan article)