ジュネーブ条約非加盟国からの外免切替、制度改正の背景と「駆け込み」の実態

今年6月、山梨県の富士スバルラインで発生した観光バスと乗用車の衝突事故は、乗用車の運転手が茨城県在住のパキスタン人であったことから、日本の運転免許取得に関する新たな議論を巻き起こしました。パキスタンがジュネーブ条約非加盟国であるため、SNS上では「外国免許切り替え(外免切替)」制度の利用可能性が指摘され、その運用実態に注目が集まりました。この長らく帰国した日本人を想定して運用されてきた制度が、ようやく見直され、10月1日からは短期滞在者への適用除外、住所確認の厳格化、そして「簡単すぎる」と批判されてきた試験(確認)の内容も大幅に改正されます。人々の生活と社会の変化を記録する作家の日野百草氏が、学科10問中7問合格で十分とされていた現行制度の終了を目前に、駆け込みで外免切替に訪れる外国人たちの現場をレポートします。

府中運転免許試験場での外国免許切り替え受付の様子府中運転免許試験場での外国免許切り替え受付の様子

外免切替の厳格化へ:背景にある衝突事故と世論

富士スバルラインでの事故は、ジュネーブ条約非加盟国出身のドライバーが日本の公道で運転する際の資格について、社会に改めて問いかけました。外免切替制度は、本来であれば海外で運転経験を持つ日本人が帰国後もスムーズに運転できるよう設けられたものです。しかし、国際的な条約に加盟していない国からの免許証も対象となる現状は、日本の交通ルールや運転技術に関する知識が十分に確認されないまま、多くの外国人ドライバーが日本の道路を走ることに繋がるという懸念が高まっていました。特に、学科試験が10問中7問正解で合格とされている現行の「確認」は、日本の複雑な交通状況や標識、習慣に不慣れな外国人にとって十分な運転能力を担保しているのかという批判が絶えませんでした。今回の制度改正は、こうした社会の懸念と、安全に対する要求の高まりが背景にあります。

府中運転免許試験場:駆け込み申請の現場

東京都府中市にある府中運転免許試験場は、お盆期間中も多くの人々で賑わっていました。その中でも特に目立つのは、外国人の来訪者です。予約制が導入されたことで以前のような長蛇の列は見られませんが、その数は依然として多く、そのほとんどが外国の運転免許証を日本のものに切り替える「外免切替」を目当てに来ています。

この制度自体は、日本で運転しようとする外国人にとって不可欠なものです。しかし、日本を含む多くの国が加盟するジュネーブ条約と、それに非加盟の国々との間には問題が生じています。ジュネーブ条約非加盟国のひとつである中国(香港、マカオを除く)出身の男性も、妻と子供たちを連れて府中を訪れていました。彼は日本での生活が長く、これまで運転が必要な仕事に就くこともなく、都内の駐車場の高さを考慮すると免許とは縁遠い生活を送っていたといいます。しかし、「さすがに試験が厳しくなると聞いて予約、駆けつけたようだ」と語っています。

「いきなり50問なんて大変だし、実技(正式には技能確認)も厳しくなりそうだしわからない、わからないから早めに、いまのうち、いまのうちね」と、彼は何度も「いまのうち」という言葉を繰り返し、笑いながら話しました。彼の奥さんは中国の免許を持っていないため外免切替の対象外ですが、彼自身は現在の制度が「簡単」なうちに切り替えるとのこと。奥さんは将来的に免許取得を考えているものの、「日本でとるのはお金もかかるし大変」と話し、「(こんなに簡単なら)中国でとっておけばよかった」と悔やむ声も聞かれました。

10月1日からの新制度:住所確認と試験の見直し

2024年10月1日から施行される新しい外免切替制度では、申請要件が大幅に厳格化されます。まず、短期滞在者は外免切替の対象外となり、日本国内での住所確認がこれまで以上に厳しくなります。これは、観光目的などで短期間日本に滞在する者が安易に日本の運転免許を取得し、交通安全上のリスクとなることを防ぐ目的があります。

さらに、これまで「確認」と称され、実質的に簡単な試験だった学科試験と技能確認も抜本的に見直されます。現在の学科試験が10問中7問正解という基準であったのに対し、今後は日本の交通法規に関するより深い理解と、安全な運転技術を証明する本格的な試験へと変更される見込みです。これにより、国際的な基準に合わせた、より信頼性の高い運転免許証の付与が期待され、日本の交通安全の向上に大きく貢献することになります。

結論

ジュネーブ条約非加盟国からの外国免許切り替え制度に対する社会の懸念と、それに伴う制度改正は、日本の交通安全確保と公平性の観点から非常に重要な一歩です。10月1日からの新制度は、短期滞在者への制限、住所確認の厳格化、そして試験内容の見直しを通じて、より責任ある運転免許制度を目指しています。府中運転免許試験場で見られた「駆け込み」の光景は、現行制度の抜け穴と、人々がそれをどのように捉えていたかを示唆しています。今後の厳格化は、外国人ドライバーだけでなく、全ての道路利用者にとってより安全で信頼できる交通環境を築くための、不可欠な措置と言えるでしょう。

参考文献