この夏、中国で大ヒットした映画『南京照相館(写真館)』は、南京事件(南京大虐殺)を描いた愛国映画として大きな注目を集めました。その一方で、四川省江油市で起きたいじめ事件を巡り、「江油照相館(写真館)」というネットスラングが拡散。二つの「写真館」が、現代中国社会の複雑な感情と矛盾を浮き彫りにしています。
中国で大ヒットした「南京照相館」と高まる反日感情
『南京照相館』は、第二次世界大戦中の南京を舞台に、中国人郵便配達人たちが日本兵による中国人殺害の証拠となるフィルムを命懸けで守り抜く物語です。日本軍の残虐な描写が多く盛り込まれており、公開後、中国国内で記録的な興行収入を達成し、今年公開された中国映画の中で3位に躍り出ました。この映画のヒットは、観客の愛国感情を強く刺激し、日本に対する反日感情を一層高める結果となりました。フィクションの要素を交えつつ、歴史的出来事を芸術的に再現することで、観客の怒りや共感を呼び起こしています。
映画「南京照相館」のテーマを強制的に注入される観客を描いた風刺画
「江油照相館」に込められた現代中国社会の矛盾
『南京照相館』のヒットが報じられる中、四川省江油市で発生した衝撃的な集団いじめ事件が世論の注目を集めました。貧しい家庭に育ち、両親が障害を持つ14歳の少女が、いじめっ子たちから罵詈雑言、脅迫、暴力にさらされたのです。少女は服を脱がされ、ひざまずかされる様子を撮影され、その動画がインターネット上で拡散しました。少女の両親が警察に幾度となく助けを懇願したにもかかわらず、警察は冷淡な対応に終始。これに不満を抱いた江油市民が市政府庁舎前で抗議活動を行いましたが、警察はこれを暴力的に鎮圧しました。
この事件が国外の中国語SNSで拡散すると、怒りを覚えたネットユーザーたちは、これを『南京照相館』になぞらえて「江油照相館」と呼び始めました。これは、「身近な弱者のためには声を上げる勇気もないのに、映画館では義憤が胸いっぱいにあふれた」映画の観客に対する痛烈な皮肉であり、現代中国社会の矛盾と偽善を象徴するネットスラングとなったのです。
虚構の「国難」と現実の「国辱」:中国人の感性
『南京照相館』は、抗日戦争時代の国難を芸術的に再現し、観客の愛国心と反日感情を高揚させます。映画の主人公は、実在の人物をモデルとしながらも、親善の意思を示した架空の日本人従軍写真家に最終的に殺されるという誇張された描写が加わり、日本人の偽善と残虐さ、そして中国人の純朴さと勇敢さが強調されています。
一方、「江油照相館」は、平和な時代に発生した生々しい現実、すなわち現代の「国辱」を暴き出しました。過去の国難に対しては激しい憤りを覚える一方で、身近で起こる不正や弱者への暴力に対しては、警察の冷淡な対応や世論の無力さが浮き彫りになります。想像上の敵を非難することには熱心だが、目の前の不正には無関心、あるいは麻痺しているかのような中国社会の感性が、この二つの「照相館」によって鮮明に対比されました。
結論
『南京照相館』と「江油照相館」という対照的な現象は、中国社会が抱える深い矛盾と心理を映し出しています。歴史的な出来事を通じて国民の結束と愛国心を高める一方で、現代社会の深刻な問題、特に弱者への不正や権力の怠慢には十分な対応ができていない現状があります。この二つの「写真館」は、過去の記憶に深く根差した感情と、現代の厳しい現実との間で揺れ動く中国人の感性、そして真の「国難」と「国辱」がどこにあるのかを問いかける、重要な社会現象と言えるでしょう。
参考文献
- Newsweek Japan. (2025年8月24日). 「中国で映画「南京照相館」が大ヒット、「江油照相館」なるネットスラングが流行する意味」. https://news.yahoo.co.jp/articles/76a4516752c215e2772f3490c9cf78dca4f87ada