朝ドラ『あんぱん』第106話:やなせたかしの詩が拓く未来と妻の揺るぎない支え

NHK連続テレビ小説『あんぱん』第106話では、〈ちいさなてのひらでも しあわせはつかめる ちいさなこころにも しあわせはあふれる〉という、読者の心に深く響く詩を通じて、主人公・嵩(北村匠海)が詩人としての才能を開花させる様子が描かれました。この物語は、戦後の日本が高度経済成長期へと向かう中で、芸術がいかに人々の心を癒し、未来への希望を育むかを象徴しています。特に、妻・のぶ(今田美桜)の存在が、彼の創作活動と人生にどれほど大きな影響を与えたかが強調されており、困難な時代における個人の才能と、それを支える愛の力がテーマの中心に据えられています。平和の尊さと脆さが語られる時代背景の中で、一人の詩人の創造性が如何にして国民的ヒーローへと繋がっていくのか、その原点が鮮やかに描かれています。

NHK連続テレビ小説『あんぱん』の主人公、のぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)の姿。NHK連続テレビ小説『あんぱん』の主人公、のぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)の姿。

昭和39年、平和とエンタメが交錯する時代

物語の舞台は、アジア初の東京オリンピックが開催され、日本中が熱狂に包まれた昭和39年(1964年)の秋。人種や国籍を超えて人々が汗を流す光景に、のぶは「これが平和というもんやがね」と感慨深く語ります。しかし、蘭子(河合優実)が「昨日まで普通やったのが、突然始まる……それが戦争やき」と述べるように、その平和が想像以上に脆く壊れやすいものであるという警鐘も鳴らされます。これは、戦後80年を迎える現代を生きる私たちにとっても、重く心に響くメッセージです。
当時の日本は、娯楽文化が花開き、空前の漫画ブームに沸いていました。手塚治虫の『リボンの騎士』や藤子不二雄の『オバケのQ太郎』など、伝説のトキワ荘出身の漫画家たちが次々とヒット作を生み出し、本格的なアニメーション制作もこの頃にスタートしました。エンターテインメントが人々の日常に深く浸透し始めた、まさに日本の文化史における転換点とも言える時代です。

「アンパンマン」の誕生秘話:世に認められぬ才能と唯一の理解者

このような時代の中、嵩は後に国民的アニメとなる『アンパンマン』の原型を生み出します。草吉(阿部サダヲ)をモデルにした、お腹を空かせた人にあんぱんを配るヒーローの物語は、意外にも出版社では全く相手にされませんでした。健太郎(高橋文哉)が「よか人かもしれんけど、カッコ悪かよ」と評したように、当時の人々が抱いていた“ヒーロー像”とはかけ離れた、ジャムおじさん寄りの主人公が不評の理由だったのかもしれません。
しかし、そんな嵩の作品を唯一認め、心から好きだと言ってくれたのがのぶでした。「出版社が認めてくれなくても、嵩さんが描きたいと思うもんを描き続ければええがやない? いつか日の目を見るかもしれんやんか」というのぶの励ましの言葉は、嵩にとって何よりも大きな支えとなりました。もし誰も認められず、嵩が早々に作品を諦めていたら、今日私たちが知る『アンパンマン』が世に出ることはなかったかもしれません。このエピソードは、のぶ、すなわちやなせたかしの妻である小松暢の功績がいかに大きかったかを改めて強く感じさせます。

愛から生まれた「ぼくのまんが詩集」と新たな道

のぶをはじめ、自分を支えてくれる人々への愛と感謝が日に日に募る中で、嵩は日々の思いを詩に書き留め、『ぼくのまんが詩集』を自費出版します。女性編集者との打ち合わせをメイコ(原菜乃華)に目撃され、一時的に浮気を疑われるハプニングもありましたが、のぶの誕生日に無事プレゼントすることができました。
嵩の詩集を手に取った八木(妻夫木聡)は、「お前の詩は子どもでもバカでも分かる」「これは全ての人の心に響く叙情詩だ」と大絶賛します。そして、湯飲みや皿に嵩の詩と絵を入れて、自身の会社から売り出すことを決意。当初、嵩が誰よりも読んでほしかったのはのぶでした。しかし、林田理沙アナウンサーのナレーションが語るように、「ほんのちいさなのぶへの贈り物は嵩の人生にとって大きなものとなっていくのです」。この一冊の詩集から、嵩、後のやなせたかしの人生はさらに大きく広がり、国民的作家としての道を歩む大きな一歩となるのでした。

参考文献