「優れたリーダーはアドバイスしない」部下を自律的に成長させる真の指導法

現代のビジネス環境において、部下やチームの育成は、多くのリーダーや管理職にとって共通の、そして最も重要な課題の一つです。いかにして部下の潜在能力を引き出し、自発的な成長を促し、組織全体の生産性を向上させるか。この問いに対し、企業研修講師であり公認心理師でもある小倉広氏は、従来の指導法に一石を投じます。彼が著書『優れたリーダーはアドバイスしない』(ダイヤモンド社)で提唱するのは、「どんなに丁寧なアドバイスも、部下否定にすぎない」という鋭い指摘です。本記事では、心理学とカウンセリングの知見に基づき、部下の主体性を尊重しながら、真の成長を促すための新しいコミュニケーション・スキルと、上司に求められる振る舞いについて深く掘り下げていきます。

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「問題指摘型アプローチ」が機能しない理由

小倉氏は、部下の「問題」を直接的に指摘する「問題指摘型アプローチ」が効果的ではないと断言します。その主な理由は以下の通りです。

  • マイナス感情の刺激と学習能力の低下: 部下が厳しく問題点を指摘されると、強いマイナス感情が喚起され、理性を使い学習する能力が著しく阻害されます。恐怖や防衛本能が優位になり、建設的な思考が難しくなるのです。
  • 主体性・自律性の喪失: 上司が「そのやり方は間違っている。こうすべきだ」と自身の「正解」を押し付けると、部下は自ら考え、判断し、行動する機会を奪われます。結果として、部下の主体性や自律性が大きく損なわれ、指示待ちの姿勢が常態化してしまう危険性があります。

したがって、部下への怒りをぶつけることは論外であるだけでなく、単に「問題」を指摘する行為自体も避けるべきであり、上司は部下と共に「正解」を創造するという意識を持つことが不可欠です。

部下の「間違い」に直面した時の「セルフチェック」

しかし、「部下が明らかに間違ったことをした時、どうすれば良いのか?」という疑問は当然湧いてきます。組織へのダメージや部下本人の不利益を防ぐためにも、その「間違い」は早期に修正されるべきです。このような状況に直面した際、上司がまず行うべきは、以下の二点にわたる「セルフチェック」です。

「ノット・ノーイング(Not Knowing)」のスタンスを再確認する

上司は「自分は部下のことを何も知らない」「自分が唯一の正解を知っているわけではない」という大前提に立ち返る必要があります。「もしかして、自分は無意識に自分が正しいと思い込んでいるのではないか?」「治療者が患者を見下ろすような、上下・優劣のポジションで部下を見ていないか?」「山の頂上から麓を見下ろすように、部下の状況を軽視していないか?」と自問自答することで、傲慢な姿勢を避け、謙虚な対話の土台を築きます。

「自分の最適解」を押し付けていないか?

次に確認すべきは、「自分が考える『正解』が、自分自身に最適化された『正解』になっていないか」という点です。「こうすべきだ」と考える「正解」が、上司自身の能力、経験、性格、人間関係の構築方法などに特化されたものであれば、それは部下にとっては実行困難、あるいは実行不可能な「指示・命令」になりかねません。重要なのは、上司にとっての「正解」ではなく、部下の能力、経験、性格、人間関係の作り方などに最適化された「正解」を共に探ることです。上司に最適化された解決策を部下に一方的に押し付けてはなりません。

「行動修正」を促すための「控えめな提案」

これらのセルフチェックを経た上で、それでも部下に「間違い」を気づかせ、「方向転換」や「行動修正」を求める必要があると判断した場合、どのようにアプローチすれば良いのでしょうか。ここでのキーワードは「控えめに」と「提案する」です。

上司が育成すべきは、単に上司の言う通りに動く「ロボット」としての部下ではありません。自らの頭で考え、自らリスクを取り、自ら意思決定を行い、最後までやり遂げる「自律的な」部下です。そのためには、部下の「主体性」を徹底的に尊重することが不可欠です。

ゆえに、上司は常に「控えめ」であるべきです。部下の行動に問題があるからといって、上司が主導権を握って業務を仕切ってしまうと、部下の主体性を決定的に損なってしまいます。また、部下に対して「こうした方がいい」「こうすべきだ」といった形で「教示」するのも避けるべきです。それは部下の「自己決定権」を奪う行為に他なりません。

「こうした方がいい」という「教示」ではなく、「こういう方法もあるのではないでしょうか?」といった「提案」の形で、選択肢を提示し、部下自身に考えさせる機会を与えることが、真の成長へと繋がるのです。

結論

部下育成において、直接的なアドバイスや問題指摘は、時に逆効果となることがあります。優れたリーダーは、部下の「間違い」に対し、性急に「正解」を押し付けるのではなく、まず自己の視点を吟味し、「ノット・ノーイング」の姿勢で部下の主体性を尊重します。そして、部下の能力や状況に合わせた「控えめな提案」を通じて、彼らが自ら考え、行動を修正し、成長する機会を創出します。このアプローチは、部下が自律的な思考力と解決能力を養う上で不可欠であり、結果として、組織全体の持続的な発展と、変化の激しい現代社会における日本企業の競争力強化にも貢献するでしょう。真のリーダーシップとは、部下を「動かす」ことではなく、部下自身が「動き出す」ことを支援する姿勢にあるのです。

参考文献

  • 小倉広(おぐら・ひろし)著『優れたリーダーはアドバイスしない』(ダイヤモンド社)
  • 企業研修講師、公認心理師。大学卒業後リクルート入社。商品企画、情報誌編集、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を経て、株式会社小倉広事務所を設立。年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として人気を博す。著書は22万部発行の『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』や『すごい傾聴』(ともにダイヤモンド社)など49冊、累計発行部数100万部超。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。