働き方が多様化する現代において、「定年=引退」という旧来のモデルは過去のものとなりつつあります。多くの人が「現役時代のようなフルタイム勤務ではなく、ストレスなく、少ない時間で長く続けられる仕事があれば…」と望んでいます。では、60歳、そして65歳以降に無理なく働き続けるための選択肢にはどのようなものがあるのでしょうか。本記事では、著書『月10万円稼いで豊かに暮らす 定年後の仕事図鑑』で知られるリクルートワークス研究所の研究員・アナリスト、坂本貴志氏へのインタビューを通じ、就業データと当事者の声をもとに、定年後の仕事の実態を深く掘り下げます。
定年を迎える多くの人々が直面する「今の会社に再雇用で残るか、それとも転職や独立で新しい道を歩むか」というキャリアの分岐点。この決断は、その後の生活の安定性や仕事への満足度に大きな影響を及ぼします。特に50代から60代半ばの中高年期は、現役時代の終盤であり、同時に高齢期への入り口でもあるため、この時期のキャリア選択がその後の10年、20年の生活と働き方の方向性を大きく左右する重要な節目となるのです。
定年後の多様な働き方について考えるシニアの男性
60代前半の働き方選択が「その後の人生」を左右する
坂本氏は、キャリアの長期化を踏まえ、仕事人生を大きく3つのステージに分けて考えることを提案しています。1つ目は新卒から50歳頃までの「若年〜中堅期」で、主に昇進・昇格やスキルアップ、収入向上をモチベーションとします。2つ目は50歳から60代半ばまでの「中高年期」。ここでは組織での立場に限界が見え始める一方で、年金受給までの“もうひと踏ん張り”が必要な時期とされます。そして3つ目は60代半ば以降の「高齢期」。年金支給が始まり、子育てなどの家計負担が軽くなるこの時期は、働く目的や働き方が大きく変化します。
60代前半は「再雇用」の満足度が高い理由
では、定年後すぐの60代前半では、どの選択肢が仕事への満足度につながるのでしょうか。リクルートワークス研究所の大規模調査によると、60代前半において満足度が高いのは「転職した人」よりも「同じ会社で再雇用で働く人」という結果が出ています。
「報酬が減る」というイメージがある再雇用ですが、実際に定年前と比べると収入は平均で約2割程度下がります。大企業では27%以上、中小企業では11%台と差はありますが、収入の減少は避けられません。それでも満足度が高いのは、慣れ親しんだ職場環境でこれまでの経験を活かせる安心感が大きいからだと坂本氏は指摘します。新しい環境への適応という大きなストレスを避けられる上、一定の条件を満たせば65歳までは厚生年金の会社負担も続き、将来の年金額にもプラスに働くメリットがあります。定年後の継続雇用は批判的に語られることもありますが、データは必ずしも不適切な選択ではないことを示しています。多くの方にとって、60代半ばまではこれまでの経験を活かして成果を出し、その後に別の仕事へ移行するという流れが、中高年期から高齢期にかけての有力なキャリアパスの一つとなり得るでしょう。
転職は「早期」「前向きな理由」が鍵:50代前半がチャンス
では、転職や独立を選んだ場合はどうでしょうか。転職を否定するわけではありませんが、60歳直前や定年後すぐに行う場合は注意が必要です。データでは、65歳までの中高年期に転職した人の満足度は、同じ会社で働き続けた人よりも低く、「不満足」と答える人も多くなっています。収入面でも、転職後のほうが低くなる傾向が見られます。ただし、会社都合によってやむを得ず退職する人もいるため、「60代前半の転職はよくない」と一概に言うことはできません。
この厳しい現実の中で、唯一例外となるのが50代前半に「前向きな理由」で転職した人たちです。彼らは満足度が高い傾向にあり、体力や気力が十分なうちに、新しい環境で力を発揮できる準備をしておくことが重要であることを示唆しています。「やりたいことがある」「新しい分野に挑戦したい」といった積極的な動機があるかどうかが、転職の結果を大きく左右するのです。
中高年期の転職で典型的なのは、大企業から中小企業へ移るケースです。中小企業は定年制が緩やかなところが多く、65歳まで正社員として働ける場合も少なくありません。結果として生涯年収が増える可能性もあります。しかし、大企業での専門分野に集中してきた人が中小企業に移ると、幅広い業務や人間関係に戸惑うこともあります。そうした変化を受け入れる覚悟と柔軟性が必要です。
60代半ば以降は「小さな仕事」へ:価値観の変化に対応
60代半ば以降になると、働く目的や価値観は大きく変化します。高収入や出世よりも、社会貢献や健康維持、人とのつながりを重視する人が増える傾向にあります。そこで坂本氏が勧めるのが「小さな仕事」と呼ぶ働き方です。
「小さな仕事」とは、報酬は高くありませんが、短時間で無理なく、しかも社会に必要とされる仕事です。具体的には、警備や施設管理、飲食店の接客、販売など、体を動かしながら地域に貢献できるような仕事が挙げられます。現役時代とは規模も内容も異なりますが、そうした仕事の中に働く手応えや喜びを見出している人が多いといいます。
「やりがいがなくなるのでは?」と感じる現役世代もいるかもしれませんが、実際には高齢期の就業者の満足度は中高年期より高いという調査結果があります。これは、年齢とともに仕事の価値観を“達成”から“貢献”へとシフトしていくプロセスを経るためだと考えられています。幸福度も50代を境に上昇傾向にあるというデータも、この変化を裏付けています。
自分の体力・価値観に合った戦略を
最後に、これから定年後のキャリアを考える方々へのアドバイスとして、坂本氏は次のように述べています。
「60代前半は『これまでの経験を活かす』時期、60代半ば以降は『無理なく続けられる』時期と位置づけると、自然と選択肢が整理されます。私の著書『月10万円稼いで豊かに暮らす 定年後の仕事図鑑』にはデータや事例を多数掲載していますので、ぜひ参考にしていただき、ご自身の体力、生活リズム、そして何よりも価値観に合った働き方を選んでいただければと思います。定年後の仕事は、単なる現役時代の延長線上だけでなく、第二・第三のキャリアの可能性を視野に入れて考えてほしいと願っています。」
(※この記事は『定年後の仕事図鑑』を元にした書き下ろしです)
参考文献・著者情報
- 著者: 坂本貴志(さかもと・たかし)
- 所属: リクルートワークス研究所研究員・アナリスト
- 経歴: 1985年生まれ。一橋大学国際・公共政策大学院公共経済専攻修了。厚生労働省にて社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府で官庁エコノミストとして「経済財政白書」の執筆などを担当。その後三菱総合研究所エコノミストを経て、現職。
- 研究領域: マクロ経済分析、労働経済、財政・社会保障。近年は高齢期の就労、賃金の動向などの研究テーマに取り組んでいる。
- 主な著書:
- 『月10万円稼いで豊かに暮らす 定年後の仕事図鑑』
- 『ほんとうの定年後「小さな仕事」が日本社会を救う』(講談社現代新書)
- 『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』(講談社現代新書)