東京都心マンション高騰:「住まれないマンション」と千代田区の転売規制

東京都心部、特に千代田区や港区、中央区といったエリアで不動産価格の異常な高騰が続いています。この現象は、国内外の投資家による投機的な動きが背景にあり、純粋に居住を求める日本のファミリー層が市場から締め出されるという深刻な事態を招いています。こうした状況に対し、千代田区が「住まれないマンション」の増加と価格高騰を抑制するため、異例の「転売禁止特約」導入を不動産協会に要請。これは都心部の住宅市場が抱える構造的な問題を浮き彫りにしています。

東京都心の高層マンション群を望む景観:価格高騰と転売問題の象徴東京都心の高層マンション群を望む景観:価格高騰と転売問題の象徴

千代田区が要請した「5年間転売禁止特約」の背景

2025年7月18日、東京都千代田区は、区内のファミリー向けマンションなどの一部について、引き渡しから原則5年間の転売を禁止する特約の導入を、一般社団法人不動産協会に対して要請しました。この動きは、区が直面する不動産市場の歪みに対する喫緊の対策として打ち出されたものです。

この要請に先立ち、千代田区が7月上旬に実施したマンション居住実態調査では、衝撃的な事実が判明しました。今年完成したばかりのある分譲マンションにおいて、なんと7割弱の住戸に人が住んでいないという状況が確認されたのです。新築マンションが完成しても住民が定着しないというこの事実は、「住まれないマンション」問題の深刻さを物語っています。

「住まれないマンション」が示す都心の歪み

千代田区は、多くの企業本社や名門学校が集積し、通勤・通学に非常に便利な立地を誇ります。また、充実した子育て支援策や、有名塾・予備校の存在により、優れた進学環境が整備されているため、ファミリー層からの人気が非常に高いエリアです。本来であれば、こうした新築マンションは、長期的に居住する住民が定着し、地域コミュニティの中核となることが期待されます。

しかし、実態は大きく異なります。完売したはずの新築マンションの半分近くが空き家状態であるという現象は、千代田区だけでなく、都心部の広範囲で常態化しつつあります。この背景には、中国人をはじめとする海外投資家や国内の富裕層が、短期的な転売益を目的としてマンションを大量に購入している実態があります。彼らの投資行動は、居住を目的としないため、物件が空き家となり、「住まれないマンション」が増加する結果を招いているのです。

不動産協会の冷ややかな反応と規制の限界

千代田区の異例の要請は、「住まれないマンションの大量購入」が価格高騰を招き、一般住民の購入機会を奪っているという問題意識からきています。区は、過度な投機的購入を抑え、実需層の居住環境を確保する必要があると判断したのです。

しかし、不動産業界側は千代田区の要請に対し、冷ややかな反応を示しています。記者会見で不動産協会の吉田淳一理事長は、「合理的な規制なのか疑わしい。自由経済の中で、現状では協会としてやる意味は感じていない」と述べ、区に対して正式な説明を求めています。また、同協会の野村専務理事も、「実需層を中心に今の市場が生まれているのではないか。区がどのような事実を前提にしているのか理解に至っていない」と反論しました。

地方自治体が民間の不動産取引を直接規制することは、法的に極めて困難です。条例や法律で転売を縛ることは難しく、今回の千代田区の行動も、あくまで「要請」というレベルに留まらざるを得ないという限界があります。法的な拘束力を持たない要請が、どれほどの効果を発揮するかは不透明です。

「転売ヤー」が招く社会問題と都心不動産の未来

都心の新築マンション市場では、実需ではなく投資目的の購入が急増しており、特に同一名義で複数戸をまとめて購入し、転売益を狙う「転売ヤー」の存在が顕著です。都心6区、特に千代田・港・中央区の都心3区では、その立地とブランド力からマンション投資の人気が非常に高く、投機マネーが集中しやすい傾向にあります。こうした投機的購入は、転売時にプレミア価格が上乗せされ、周辺相場全体を押し上げ、結果として一般の購入希望者が手を出せない価格帯へと跳ね上がり続けています。

さらに、転売益狙いの買い手は実際にマンションに住むことが少なく、空き家状態となることが多い点が大きな問題です。空き家が増加すると、防犯面のリスクが高まるだけでなく、分譲マンションに必要なマンション理事会の定足数を満たせず、適切な運営が困難になる恐れもあります。修繕積立金の滞納も多く報告されており、マンション全体の維持管理に支障をきたす可能性も指摘されています。また、入居者の入れ替わりが激しくなれば、地域コミュニティの活動や自治体が提供する住民サービスにも悪影響が及ぶことは避けられません。

これは、コンサートチケットや人気商品を買い占めて転売する「転売ヤー」現象と同じ構造であり、放置すればマンション市場全体が投機の対象と化し、深刻な社会問題へと発展するのは必至です。何らかの手を打つ必要があるにもかかわらず、いまだに国は目立った動きを見せていません。こうした状況下で、当事者である千代田区が住民の生活環境を守るため、やむにやまれず行動を起こした形と言えるでしょう。

結び

東京都心部のマンション価格高騰と「住まれないマンション」問題は、単なる経済現象に留まらず、地域の安全性、コミュニティの健全性、そして次世代の居住環境にまで影響を及ぼす社会的な課題です。千代田区の「転売禁止特約」要請は、この問題に対する地方自治体の危機感と、具体的な対策の必要性を示唆しています。しかし、その法的限界と業界の反発を鑑みると、より広範で実効性のある法規制や政策の導入が、国レベルで喫緊に求められていると言えるでしょう。都心部の住宅市場が、居住のための空間として機能し続けるための、抜本的な議論と行動が今こそ必要とされています。

参考資料