世界最大の電気自動車(EV)市場へと急速に成長を遂げた中国は、今、極めて深刻な問題に直面しています。過酷な価格競争、いわゆる「内巻(ないけん)」と呼ばれる現象が業界全体を消耗させ、多くのEVメーカーが破綻の危機に瀕しているのです。この「内巻」が中国の自動車産業にどのような影響を与えているのか、現地取材で明らかになった実態を深掘りします。
中国EV市場、「内巻」で広がる過剰在庫の現実
中国・北京市の郊外に広がる駐車場には、数百台ものEV新車が無造作に置かれていました。ナンバープレートが取り付けられていない中国メーカーの新型EVは、その膨大な数が目を引きます。これらの車両を販売するディーラーは「店舗に置ききれない車を置いているだけで、販売は好調だ」と説明しますが、実態は大きく異なっていました。EV市場では販売価格が大幅に下落しており、ディーラーの販売員は「値引き額は約60万〜80万円にも及ぶ。これは間違いなく『内巻』の象徴だ。メーカーの利益も販売員の利益も下がっている」と語ります。
北京郊外の駐車場に放置された、ナンバープレートのない多数の中国製新型EV
この現象の根底にあるのが「内巻」です。これは、終わりのない過当競争により、業界全体が疲弊していく中国特有の経済現象を指します。中国国内ではEVの需要を大きく超える過剰生産が常態化しており、これが熾烈な値下げ競争を招き、自動車業界全体の収益を年々悪化させているのです。
激化する価格競争が招く「新興EVメーカーの破綻ドミノ」
中国EV市場の状況がどれほど深刻であるかを探るため、我々はかつて隆盛を誇った新興EV企業の本社がある浙江省を訪れました。そこには、雨ざらしになり汚れた新車、ビニールが取り付けられたままのミラー、さらにはフロント部分が未完成で内部がむき出しになったEVが放置されていました。
破産手続きに入ったEVメーカー「ナタ」の工場敷地内に雨ざらしで放置された未完成の新型EV
2018年にブランドを立ち上げた中国の新興EVメーカー「ナタ(哪吒汽車)」は、200万円を切る低価格EVを武器に、2022年には約15万台を販売し、新興EV大手5社の中でトップの座を獲得していました。しかし、激しい価格競争の中で、性能と価格の両面で優位に立つ他社EVが登場すると、ナタの販売台数は急激に低迷。中国メディアの報道によると、2024年秋ごろからは給料の未払いが始まり、工場も操業を停止。そして2025年6月には破産手続きに入りました。
営業停止した「ナタ」の販売店前に放置されたままの売れ残りEV
ナタだけでなく、多くのEVメーカーが経営難に陥っています。FNNが2年前にモーターショーで取材したEVメーカー「極越(Ji Yue)」もその一つです。中国のインターネット大手「百度(Baidu)」が出資し、カラオケやゲームなどのエンターテインメント要素に加え、レベル4相当の自動運転も実現したと発表され、大きな注目を集めていました。しかし、そのわずか翌年には販売店舗が閉鎖され、鍵がかけられた状態に。販売台数は伸び悩み、資金繰りが悪化し、設立からわずか3年で経営破綻しました。中国メディアの推計によれば、10年前には約400社あったEVメーカーは、倒産や合併を経て、現在ではわずか40社程度にまで減少したといいます。
中国インターネット大手「百度」が出資していたEVメーカー「極越」の閉鎖された販売店舗
倒産企業続出で浮上するアフターサービスへの懸念
EVは、ソフトウェアのアップデートやインターネット通信が不可欠な製品です。そのため、メーカーが倒産してしまうと、車両の不具合発生時や修理が必要になった際に、サポートが得られなくなる恐れがあります。利用者の間では、こうしたアフターサービスへの懸念が強く広がっています。
実際、中国のSNSには、破綻した新興EVメーカー「ナタ」の利用者から「車が止まった」「アプリが使えなくなった」「音声操作ができない」といった投稿が相次いでいました。その後、一部は改善されたとされますが、現在も不安の声は絶えません。「ナタ」の利用者は、「以前は何人かいたアフターサービスの担当者と今では連絡が取れない」「解決していない問題があるのに、(2024年11月ごろから)部品が手に入らない状態が続いている」と困惑した様子で話しています。
中古車市場にも波及する「内巻」の影響
この利益度外視とも言える「終わりのない過当競争」、すなわち「内巻」は、中国経済全体に深刻なダメージを与え、その影響は中古車市場にも大きく波及しています。
中国東部にある浙江省杭州市最大のEV中古車市場を訪れると、驚くべき光景が広がっていました。ディーラーでの新車価格が約250万円のEVが、新車そのままの状態で50万円も値引きされて販売されているのです。北京にある別の中古車業者も、「ここ数年、EVの新古車が大量に流れてくるようになった」と現状を説明します。ある中古車業者は、買い取ったBYDの「元」について、「2025年式で走行距離4000km。新車価格は14万元(約280万円)だったが、ディーラーの値引き後、ここではいきなり7万元(約140万円)だ。『内巻』がひどすぎる」と、激しい価格破壊にため息をついています。
中国・杭州市最大の中古車市場で大幅に値引きされて販売される新古車のEV
規制と予測:激化の一途を辿る中国EV市場の行方
2025年5月には、中国最大のEVメーカーであるBYDが、期間限定で最大3割という大幅な値下げを敢行し、市場の競争はさらに激化の一途を辿っています。中国当局は、この「価格競争に勝者も未来もない」と危機感を示し、利益を犠牲にするような競争を停止するよう要求しました。しかし、現在も市場が沈静化する気配は見られません。
専門家からは、今後5年間でEVメーカーは現在の40社程度から、わずか5社から7社にまで淘汰されるという予測も出ており、業界再編の波が本格化することは避けられない状況です。中国のEV市場が経験している「内巻」は、単なる価格競争を超え、企業の存亡、消費者の信頼、そして国家経済の安定にまで影響を及ぼす、極めて重要な問題として世界から注視されています。
参考資料
- FNNプライムオンライン
- Yahoo!ニュース (https://news.yahoo.co.jp/articles/c8dea8651c12fcb334147fc376de0d9d2a5920d)