1941年12月8日未明、ハワイ・オアフ島の真珠湾への連合艦隊機動部隊による奇襲攻撃は、太平洋戦争の幕開けを告げる衝撃的な出来事でした。この歴史的攻撃は、当時の日本と米国にどのような影響をもたらし、その後の戦局にいかに深く関わったのでしょうか。本稿では、真珠湾攻撃直後の両国の反応、特に日本の「勝利の熱狂」と米国の「冷静な対応」、そして日本海軍の「第二段作戦」計画の欠如が、いかに戦いの明暗を分けたのかを深掘りします。連合艦隊司令長官山本五十六の命により敢行されたこの奇襲は、単なる戦術的成功以上の意味を持ち、日米両国の戦略的思考の根本的な違いを浮き彫りにします。
真珠湾攻撃を計画した連合艦隊司令長官山本五十六と幕僚たち
日本の熱狂と権力集中:勝利の陰で失われたもの
真珠湾攻撃の成功が報じられると、日本列島は歓喜と熱狂の渦に包まれました。大本営発表が次々と流れ、街には号外が飛び交い、奇襲成功と日米開戦を祝う提灯行列が繰り広げられました。東京株式取引所の相場は急騰し、当時の東條英機首相は、陸海軍関係者との会食で「予想以上だった。いよいよルーズベルトも失脚だ」と上機嫌だったと伝えられています。この熱狂の中、官僚たちは東條のご機嫌取りに走り、情報局総裁の谷正之らは「ヒトラー、ムッソリーニを世界の英傑というが、日本には東條英機閣下という、より偉大な英傑がいらっしゃる」とまで称賛しました。
こうしたイエスマンが東條の周囲に集まった結果、「憲兵政府」「東條幕府」と揶揄されるほどの権力集中が進み、東條の恣意的な人事が横行するようになりました。後のインパール作戦で悲惨な結果を招いた牟田口廉也司令官の人事はその典型と言えるでしょう。この熱狂は、国の戦時生産体制にも負の影響を与えました。学徒動員は1943年まで徴兵猶予され、学生たちは戦争が新しい形に変化していることへの認識が追いつかず、生産体制の強化が阻害されました。勝利の陶酔感は、長期的な視野での戦略立案と実行を麻痺させてしまったのです。
アメリカの冷静な対応と総力戦体制への転換
一方、真珠湾攻撃を受け、アメリカは対照的に冷静かつ迅速な対応を見せました。ルーズベルト大統領は直ちに連邦最高裁判所の判事オーエン・J・ロバーツを長とする「ロバーツ委員会」を設置し、攻撃の反省と検証に着手しました。同時に、太平洋艦隊司令長官ハズバンド・キンメルを更迭し、後任にチェスター・ニミッツを据えるなど、責任の所在を明確にし、軍事体制の立て直しを急ぎました。
アメリカは国家総力戦体制への転換に舵を切ります。民間航空学校を即座に閉鎖し、軍への志願者のみを集めて教育を再開。その結果、翌年のミッドウェー海戦やソロモン海戦の頃には、そこで育成された予備学生が第一線で活躍しました。さらに、工場は24時間体制での稼働を開始し、国のあらゆる資源を戦争遂行に集中させました。この冷静かつ実用的な対応は、感情的な熱狂に流されることなく、来るべき長期戦を見据えた国家戦略の転換を意味していました。
「第二段作戦」の白紙状態:戦略的空白が招いた危機
真珠湾攻撃後の日本の戦略における最大の問題点は、「第二段作戦計画」が完全に白紙であったことでした。12月10日には、海軍陸上攻撃機隊がマレー沖でイギリス東洋艦隊のプリンス・オブ・ウェールズとレパルスを撃沈するなど、緒戦の快進撃は続きました。翌々日の大本営政府連絡会議でこの戦争を「大東亜戦争」とすることが正式決定され、16日には戦艦大和が竣工し、連合艦隊の第一線に加わります。しかし、国中が大戦果に沸く中で、海軍はようやく第二段作戦の議論に入ったのです。
真珠湾攻撃と同時に南方地域を占領し、石油資源を確保する「第一段作戦」は陸海軍で協力体制を築き実行されましたが、それが精一杯でした。第二段作戦に至っては、陸海軍間の調整どころか、海軍の方針すら定まっていなかったのです。山本の4期上の永野修身軍令部総長と、連合艦隊司令部の間で大激論が交わされ、連合艦隊司令部が策定したミッドウェーで敵空母を叩き潰し、アメリカとオーストラリアを分断するという二段構えの第二段作戦計画が軍令部に承認されたのは、開戦から実に4ヶ月が経過した1942年4月3日のことでした。この戦略的な空白と決定の遅れは、その後の戦局に決定的な影響を与えることになります。
結論
真珠湾攻撃直後の日本と米国の対応は、その後の戦局の行方を象徴していました。日本が緒戦の勝利に酔いしれ、戦略的視野を欠いたまま「第二段作戦」の立案を遅らせたのに対し、米国は冷静に事態を分析し、国家総力戦体制へと迅速に移行しました。この対照的な反応は、短期的な戦術的成功に固執する思考と、長期的な戦略的目標を見据える思考との根本的な違いを示しています。日本の熱狂と戦略的空白は、後のミッドウェー海戦での敗北など、より大きな代償を払う遠因となりました。歴史は、いかなる状況下においても、冷静な分析と先を見通す戦略的思考が不可欠であることを教えています。
出典:https://news.yahoo.co.jp/articles/c2c10ec8bb8ddb9d1e3ab459eb86b4a3161f086d