「令和のコメ騒動」の真因:アメリカの小麦戦略と日本の食料自給率

新米の季節が到来し、再び米価高騰への懸念が広がっています。東京大学特任教授の鈴木宣弘氏は、この「令和のコメ騒動」のルーツを辿ると、アメリカの「小麦戦略」に行き着くと指摘します。単なる流通の問題ではなく、長年にわたる政策と国際関係が複雑に絡み合った結果であり、根本的な原因が解消されない限り、米価の不安定化は繰り返される可能性があります。本稿では、鈴木氏の分析を基に、日本の食料事情が抱える深層的な問題とその背景を探ります。

「令和のコメ騒動」の表面的な原因とその深層

日本列島を襲ったコメ不足と米価高騰は、「令和のコメ騒動」と称され、多くの国民が食の安定に不安を覚えました。政府は当初、「コメは足りているが流通業界が隠している」と責任転嫁する姿勢を見せましたが、その根本原因は別のところにあります。長年にわたり「コメ過剰」が叫ばれる中で続けられてきた減反政策や生産調整により、国内のコメ生産量は減少の一途を辿ってきました。さらに、低米価が慢性的に続き、コメ農家の所得は時給換算でわずか10円程度という深刻な状況に追い込まれ、多くの農家が稲作の継続を断念せざるを得なくなっています。国の政策と農家の疲弊が相まって、結果的にコメ生産そのものが激減しているのが実情です。

2025年5月、米価高騰の懸念が広がる中、精米店を視察し食料政策について語る小泉進次郎農林水産相2025年5月、米価高騰の懸念が広がる中、精米店を視察し食料政策について語る小泉進次郎農林水産相

日本の食卓を変えたアメリカの「小麦戦略」

では、なぜ日本の稲作農家はこのような苦境に立たされたのでしょうか。その発端には、「コメの代わりに小麦を日本人の胃袋に詰め込む」というアメリカの強力な「小麦戦略」があります。この戦略は、戦後の日本において、日本人のコメ消費量を減少させる大きな要因となり、ひいては国内のコメ生産を抑制する減反政策を不可避なものとしてきました。アメリカの農産物への依存を深めることで、日本の食料安全保障は知らず知らずのうちに脆弱化していったのです。

「食生活の洋風化」は自然な流れではなかった

多くの日本人は、食料自給率の低下を、食生活が「自然に」洋風化した結果だと考えがちです。アメリカの環境活動家レスター・ブラウンが著書『だれが中国を養うのか?――迫りくる食糧危機の時代』(ダイヤモンド社、1995年)で中国の食生活の洋風化を前提としたように、欧米には自らの食生活が「進んで」おり、日本も遅れてそれに続くという認識があります。しかし、日本人の食生活が洋風化したのは、決して自然な流れや経済発展の必然ではなく、明確な政策の結果でした。戦後、アメリカの要請により貿易自由化が推進され、日本は食料輸入に大きく依存するようになりました。これにより国内農業は弱体化し、アメリカはさらに、日本人の食生活を自国の農産物に依存する形へと誘導・改変していったのです。「食料自給率低下は食生活の洋風化のせい」という「常識」は、このような政策の結果であるという事実を見落としています。

結論:食料安保再構築への視点

「令和のコメ騒動」は、単なる流通の問題や一時的な不作が原因ではなく、日本の農業政策とアメリカの「小麦戦略」が複合的に影響し合った結果として、日本の食料安全保障体制が抱える構造的な問題を浮き彫りにしました。食生活の「自然な洋風化」という誤解を解き、歴史的な背景と政策的意図を深く理解することが、今後の日本の食料政策を立てる上で不可欠です。安定した食料供給と自給率の向上を目指すためには、過去の政策を検証し、真の「食料安保」とは何かを問い直す必要があります。

参考文献

  • 鈴木宣弘, 『だれが中国を養うのか?――迫りくる食糧危機の時代』, ダイヤモンド社, 1995.
  • PRESIDENT Online, 「『令和のコメ騒動』に至るルーツを探ると、アメリカの小麦戦略に行きつく」, Yahoo!ニュース, 2025年8月31日.