中国産うなぎの「影」:食卓に並ぶアメリカウナギと密漁の複雑な真実

連日35度を超える猛暑が続く今年の日本列島では、夏のスタミナ源として親しまれてきたうなぎの消費が伸びています。しかし、私たちの食卓に並ぶうなぎ、特に「中国産」と表示された輸入品の背後には、複雑な問題と闇が潜んでいます。日本の水産物におけるトレーサビリティは一般的に不十分なケースが多いですが、うなぎほど多くの課題を抱える水産物も珍しいのが実情です。本稿では、「中国産うなぎ」として流通する商品の実態と、その稚魚の国際的な取引を巡る問題について深く掘り下げていきます。

日本のスーパーに並ぶ「中国産うなぎ」の正体

スーパーマーケットの店頭には、国産うなぎと、それよりも手頃な価格の中国産うなぎの蒲焼きが並んでいる光景がよく見られます。国産品には静岡産や鹿児島産といった具体的な産地が表示されることが多い一方、中国産の場合は「うなぎ(中国産)」という表示が一般的です。

うなぎ科うなぎ属には世界で16種が存在し、日本の在来種としてはニホンウナギとオオウナギが知られています。このうち、主に蒲焼きとして利用されるのはニホンウナギです。中国で養殖され日本に輸出されるうなぎも、本来の在来種はニホンウナギに限られます。

ところが、中国から国際機関に提出された報告書によると、2021年の中国における養殖うなぎの生産量のうち、在来種のニホンウナギは全体の約3割強(2万8000トン)に過ぎず、残りの大半を占める66%(6万1000トン)はアメリカ大陸原産のアメリカウナギであったとされています。さらに、中央大学の白石広美研究員らが発表した学術論文(Shiraishi, Han, and Kaifu, 2025)では、日本の小売店で販売されていたうなぎ蒲焼き133点をDNA分析した結果、中国産うなぎ蒲焼き82点のうち、約6割にあたる49点がアメリカウナギであることが判明しました。この事実は、「うなぎ(中国産)」と表示されていても、その多くがニホンウナギではなくアメリカウナギである可能性を示唆しています。

日本のスーパーに陳列された、原材料名に「うなぎ(中国産)」と記載された蒲焼き。その産地の真実に疑問が投げかけられている。日本のスーパーに陳列された、原材料名に「うなぎ(中国産)」と記載された蒲焼き。その産地の真実に疑問が投げかけられている。

密漁が蔓延するシラスウナギの国際取引

現在、うなぎの稚魚(シラスウナギ)を卵から人工的に完全に育てる技術はまだ確立されていないため、養殖の現場では天然のシラスウナギを捕獲して育てる必要があります。中国は養殖用としてアメリカウナギの稚魚を輸入していると考えられます。中国政府は、2011/12年漁期から2023/24年漁期にかけて、ニホンウナギの稚魚については養殖用種苗としての輸入実績がないと報告していますが、同時期に「ニホンウナギ以外の種のうなぎ」の稚魚を14トンから39.5トン輸入したとしています。

養殖用シラスウナギのアジアにおける主要な中継地点の一つは香港です。香港政府の統計データを見ると、2017年から2023年にかけて、6.3トンから25トンのシラスウナギが香港を経由して中国に再輸出されています。香港にはうなぎが遡上するような河川がないため、これらのシラスウナギはほぼ全てが他国から香港に輸入されたものです。では、これらのシラスウナギは一体どこから来ているのでしょうか。

香港政府の統計によれば、ヨーロッパウナギの供給源と見られるアメリカ大陸からは、カナダ、米国、ハイチを原産地とするものが大半を占めており、特にハイチからの輸入が2022年と2023年に突出して多いことが確認されています。

しかし、供給元のカナダでは、2023年までのシラスウナギの許可採捕量は9.96トンに過ぎません。密漁が蔓延している状況を受け、カナダ政府は2024年3月に同年の稚うなぎ採捕許可を全面的に取りやめる決定を下しました。にもかかわらず、正規の許可採捕量の2〜4倍もの量が香港の単一地域に輸出されているという不審な状況が続いています。実際、以前からカリブ海や中央アメリカ諸国で採捕されたシラスウナギの一部が「カナダ原産」と偽装され、カナダから東アジア諸国へ再輸出されていることが指摘されています(Gollock et al., 2018, p. 47)。このことから、相当量のシラスウナギがカナダで違法に採捕されたか、あるいは元々カリブ・中央アメリカ諸国原産でありながらカナダ産と偽られて香港に輸入された可能性が非常に高いと言えるでしょう。こうした違法な国際取引は、ハイチのギャング組織の資金源にもなっているとの指摘もあり、その複雑さと闇の深さを浮き彫りにしています。

結論

日本の食卓に並ぶ「中国産うなぎ」の蒲焼きは、その多くがニホンウナギではなくアメリカウナギであるという事実、そしてその養殖を支えるシラスウナギの国際取引が、密漁や産地偽装、さらには犯罪組織の資金源となり得るという深刻な問題を抱えています。消費者が安心してうなぎを楽しむためには、産地表示の透明化はもちろんのこと、国際的な協力体制によるシラスウナギの違法取引の撲滅が不可欠です。私たちが口にする食べ物の背景にある複雑な現実を理解し、より持続可能で倫理的な消費行動を考えるきっかけとなるでしょう。

参考文献

  • Shiraishi, H., Han, Y., and Kaifu, K. (2025). Distribution of Anguilla species in Japanese retail eel products originating from China. (Forthcoming academic paper, details to be confirmed upon publication).
  • Gollock, M.J., Han, Y., Chen, Y., and Maes, G.E. (2018). Illegal trade in European eel Anguilla anguilla and American eel Anguilla rostrata. TRAFFIC Report. (Original source: TRAFFIC, p. 47).
  • 香港政府統計 (Hong Kong Census and Statistics Department). (Various years). Hong Kong Trade Statistics.
  • 中国政府報告書 (Reports submitted by the Government of China to relevant international bodies). (Specific report details not provided in original, refers to general government reporting).
  • カナダ政府発表 (Announcements by the Government of Canada). (Specific announcement details not provided in original, refers to general government announcements).