社員1人の早期離職が企業にもたらす損失額は、実に640万円に上ると言われています。特に「営業系」と「事務系」の職種で早期離職が頻繁に発生しており、その背景には、採用時に企業が提示する情報と入社後の現実との間に横たわる、根深い「採用ギャップ」が大きく影響しています。この深刻な人材定着の課題は、単なる個人の問題に留まらず、企業経営、ひいては社会全体の労働市場に大きな影響を与えています。
入社後のギャップや職場の課題に直面し、早期離職を考える社員たちのイメージ
早期離職の現状と若年層が抱える後悔
エン・ジャパン株式会社が実施した『早期離職に関する調査』によると、入社後半年以内に会社を辞めた経験がある人は全体の31%に達し、年代を問わず広く見られる現象です。しかし、その離職を「後悔したことがある」と回答した割合は、20代で27%、30代で21%、40代以上で17%と、若い年代ほどその傾向が顕著であることが明らかになりました。
後悔の最大の理由は「転職活動が大変になった」(66%)であり、具体的には「書類選考で落とされてしまい、なかなか次の仕事が決まらない」(20代女性)といった声が寄せられています。また、「早期離職の理由ばかり聞かれて、正直に回答しても理解されず根性がないと思われた」(40代女性)というように、一度の早期離職がその後のキャリア形成に重い影を落とす現実も浮き彫りになっています。社会人経験の浅い20代にとって、早期離職は自身の潜在能力を発揮する機会を奪い、望まないキャリア選択へと追い込むリスクをはらんでいます。
「営業」と「事務」で頻発する早期離職の構造
早期離職者が辞めた際の職種を見ると、「営業系」(22%)と「バックオフィス・事務系」(21%)が突出しています。営業職は、企業の成長を支える要であり、未経験者にも門戸が広い一方で、入社後は厳しい成果目標や達成へのコミットメントが求められます。この「求人情報と実際の業務内容やプレッシャーのギャップ」に悩むケースが多く、早期離職に繋がる要因となっています。
一方、事務系職種も未経験者歓迎の求人が多いですが、定型的な業務が中心となるため、キャリアパスの多様性や自己成長の実感が得にくいと感じる人も少なくありません。また、比較的社員の流動性が低い部署では人間関係が固定化しやすく、職場の文化に馴染めなかった際の逃げ場が見つけにくいという側面も、早期離職の一因として考えられます。
早期離職の決定打:「入社前の情報と実態の乖離」
なぜこれほどまでの採用ミスマッチが発生するのでしょうか。調査では、離職理由のトップに「入社前に聞いていた情報と違ったから」(38%)が挙げられ、次いで「ハラスメントに遭ったから」(30%)が続きました。
具体的なエピソードとして、「未経験でも大丈夫とのことで入社したが、教育担当含めて周りの方がみんな忙しすぎて放置されてしまった」(20代女性)や、「求人内容や面接の際に確認した内容と異なる事が多々あった」(40代女性)、「入社前に人事担当の方に研修があると聞いていたが、一切なかった」(50代男性)など、採用段階での説明と入社後の実態との間に大きな乖離があったことを指摘する声が数多く見られます。この問題の根底には、採用プロセスにおける「情報の非対称性」があります。企業側が自社の魅力を強調するあまり、ポジティブな情報に偏りがちである一方、求職者は入社前に企業のネガティブな側面やリアルな職場環境を知る機会が限られているため、これが「こんなはずではなかった」という期待値のズレを生み、結果として早期離職の引き金となっています。
透明性の高い情報開示が早期離職を防ぐ鍵
「どんな条件・制度、事前情報があれば早期離職しなかったと思いますか?」という問いに対して、実に44%の人が「事前にネガティブな情報も聞いている」ことを挙げています。これは、「良好な人間関係がある」(43%)とほぼ同等の数値であり、求職者がいかに正直で透明性の高い情報を求めているかを示しています。企業が自社の課題や苦労する点も含め、リアルな職場環境を積極的に開示することは、求職者との信頼関係を築き、入社後のギャップを最小限に抑える上で不可欠です。透明性の高い情報開示は、結果として企業にとって真にマッチした人材の確保に繋がり、長期的な人材定着の実現に貢献するでしょう。
結論
社員1人の早期離職が企業に与える経済的、組織的なダメージは計り知れません。特に若年層の早期離職は、本人のキャリア形成に悪影響を及ぼすだけでなく、企業の採用コスト増大や生産性低下にも直結します。この課題を解決するためには、採用段階における情報の非対称性を解消し、企業が求職者に対して、良い面だけでなく、課題や苦労する点も含めた正直かつ包括的な情報を提供する姿勢が求められます。透明性の高い情報開示こそが、求職者の期待値と現実のギャップを埋め、ミスマッチによる早期離職を防ぎ、企業と社員双方にとってより良い未来を築くための鍵となるでしょう。
参照文献
- エン・ジャパン株式会社/エン転職: 『早期離職に関する調査』