体育会系はもう「買い」ではない?広陵・日大問題が映す企業採用の変化

部員間の暴力事件により夏の甲子園本選を途中辞退した広陵高校野球部、そして数年前の日本大学アメリカンフットボール部問題。これらの事例は、かつて企業が好んで採用してきた「体育会系人材」に対する評価が、現代において変質しつつある現状を浮き彫りにしています。ジャーナリストの溝上憲文氏は、これまで部活動(体育会)で鍛えられた身体的・精神的にタフな人材を企業は優遇してきたが、最近はその傾向が薄れつつあると指摘します。本記事では、これらの事件を深掘りしつつ、企業が体育会系学生を評価してきた背景とその変化について考察します。

広陵高校野球部、甲子園辞退の背景にある「昭和の体育会系体質」

ネット上で大きな批判を浴び、夏の甲子園を途中で辞退する事態に至った広島の広陵高校野球部。秋の新チーム体制が始動した後も、社会からの厳しい目は注がれ続けています。今年1月、寮内で上級生が1年生部員に対し、頬を叩いたり胸ぐらを掴んだりする集団暴行事件が発覚。これに加えて別の暴力案件も明らかになり、高野連の対応と相まって批判が拡大し、甲子園1回戦勝利後にもかかわらず、2回戦を前に出場辞退へと追い込まれました。

先輩から後輩への暴力行為は言語道断ですが、さらに衝撃的だったのは、その発端が「寮で禁止されているカップ麺を食べていたことに対する懲罰」だったと報じられた点です。また、過去にはスマホの持ち込みが禁止されていた時代に公衆電話を利用していた際、「下級生は上級生が後ろに並んでいると電話を切り上げる」という暗黙のルールがあったとも報じられています。これらは、同校野球部において上級生が絶対的な権力を持つ、旧態依然とした体質が存在していたことを示唆しています。何があっても上級生には逆らうことが許されない。このような厳格な上下関係のルールは、昭和の時代における体育会系の典型的な特徴とされてきましたが、令和の現代にも根強く残っていたことには驚きを隠せません。

日大アメフト問題と共通する「絶対服従」の闇

筆者が広陵高校の事件に接して思い起こしたのは、2018年に悪質タックル問題で世間を騒がせた日本大学アメリカンフットボール部の体質です。当時、アメフト部では監督やコーチが「黒」と言えば、たとえそれが「白」であっても「黒」と言わなければならないという、絶対服従の関係が当たり前のように存在していたと報道されました。このような組織構造は、個人の判断や主体性を奪い、不合理な命令にも従わざるを得ない環境を生み出します。

チームで話し合う学生たち。体育会系人材が企業で評価されてきた理由の一つに、困難を乗り越える「不条理耐性」や「勝ち抜く力」が挙げられる。チームで話し合う学生たち。体育会系人材が企業で評価されてきた理由の一つに、困難を乗り越える「不条理耐性」や「勝ち抜く力」が挙げられる。

その報道の中で特に注目されたのが、「日大アメフト部出身者は一流企業に就職している人が多い」という関連情報でした。確かに以前は、日大に限らず多くの企業が体育会系の学生を積極的に採用する傾向にありました。企業にとって体育会系学生の何が魅力的だったのかについて、ある金融系企業の人事課長は次のように語っています。「不条理な世界を経験しているからだ。体育会に入ると、上級生の命令は絶対。たとえ間違っていても耐えながら従うしかない。その世界を生き抜いてきた学生は、不条理だらけの会社人としての耐性を備えているからだ」。つまり、肉体的・精神的なタフさ、打たれ強さ、そして忍耐力があり、上下関係や組織の規律に忠実な人材として、体育会系の学生が高く評価されていたのです。

企業が「体育会系人材」を重宝した理由とその変質

また、別の側面からの評価も存在しました。ある流通業の人事担当者は、「勝ち抜く力、自分を高めようとする力がある。彼ら彼女らは勝ちパターンを知っている。もちろん様々な失敗も経験しているが、その中から勝つためにはどうすればよいのかを工夫し、努力して勝利を掴んだ経験もある。そうした成功パターンはビジネスにも通じる」と述べています。組織の規律に忠実であり、目標達成に向けて主体的に行動し、成功体験を持つ体育会出身者は、「就社」という言葉に象徴されるような、会社への強い帰属意識や一体感を重視する日本の集団主義的な企業風土と親和性が高く、採用市場では“買い”と見なされてきました。

しかし、広陵高校や日大アメフト部の問題が示すように、こうした伝統的な体育会系の文化は、現代社会の価値観やハラスメントに対する意識の高まりと乖離しつつあります。不合理な慣習や絶対的な上下関係が露呈することで、かえって組織としての健全性が問われる事態へと発展しています。企業側も、単なる「タフさ」や「忍耐力」だけでなく、倫理観や現代的なリーダーシップ、多様性への理解など、より多角的な視点で人材を評価する傾向が強まっています。結果として、かつては無条件に歓迎された体育会系人材への優遇措置も、今では見直され、変質を迫られているのが現状です。

体育会系の価値観と現代社会の乖離

広陵高校野球部や日大アメフト部の暴力事件は、日本の体育会系組織に根強く残る「絶対服従」や「不条理な慣習」が、もはや現代社会では通用しないことを明確に示しました。かつて企業が体育会系人材を高く評価した理由には、彼らが持つ精神的・肉体的タフさや、組織への忠誠心、そして目標達成能力がありましたが、これらの資質が、ハラスメントや健全な人間関係を阻害する「負の側面」と一体化している現状が露呈したことで、企業の採用戦略も大きな転換期を迎えています。

今後は、単に体育会系出身であるというだけで優遇されることは減り、個々の学生が持つ人間性、倫理観、問題解決能力、そして多様な価値観を尊重できるかどうかが、より重視されるようになるでしょう。体育会系組織自体も、時代に即した健全な文化へと変革を遂げなければ、人材育成の場としての魅力を失いかねません。社会全体で、真に「タフで信頼できる」人材とは何かを再定義する時期に来ています。

参考文献