トランプ政権下の北朝鮮潜入作戦、民間人殺害と衝撃の失敗:NYTが報じた全貌

第1次ドナルド・トランプ政権時代、金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長との首脳会談の最中に、米特殊部隊が北朝鮮に秘密裏に潜入し、民間人を殺害して撤収した極秘作戦が5日付のニューヨーク・タイムズ(NYT)によって暴露され、大きな波紋を呼んでいます。現在、北朝鮮との対話や接触は中断状態にあり、もしこの事件がNYTの報道通りに事実であれば、トランプ前政権、ひいては現行の米朝関係に深刻な影響を及ぼす可能性があります。日本を含む国際社会の注目を集めるこの事件の背景、詳細な顛末、そしてその後の影響について、NYTの報道に基づき再構成し、深く掘り下げて解説します。

作戦決行の背景:高まる米朝緊張と情報収集の切迫性

トランプ政権が2017年に発足して以来、米国と北朝鮮の間では危険な舌戦が繰り広げられ、朝鮮半島情勢は極度に緊張していました。トランプ大統領(当時)は北朝鮮に核の脅しをかけ、「リトル・ロケットマン」と揶揄すれば、北朝鮮はグアム基地近傍への核ミサイル発射を示唆し、トランプ大統領を「老いぼれの狂人」と罵倒するなど、激しい応酬が続いていました。

その後、2018年の平昌(ピョンチャン)冬季五輪を機に、当時の韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権の仲介によって米朝関係は改善の兆しを見せ、対話路線へと転換します。しかし、トランプ政権は、北朝鮮の指導者である金正恩委員長が何を考えているのか、その真意を正確に把握することが急務であると感じていました。関係改善が進むにつれて、その情報ニーズは一層高まることになります。

このような不確実な状況下で、米情報機関はホワイトハウスに対し、北朝鮮に関する情報把握の改善が可能であると提案しました。彼らは、金正恩国務委員長の通信を盗聴できる新たに開発された電子装置の存在を報告。しかし、その装置を秘密裏に北朝鮮内部に搬入し、設置する必要があるという決定的な課題を抱えていました。この情報収集の切迫性が、極秘潜入作戦の計画へと繋がっていきます。

精鋭「シールズ」による困難な準備:隠密性と危険性

金正恩委員長の通信を盗聴可能な電子装置を北朝鮮に設置するという極めて困難な任務は、米海軍の最精鋭特殊部隊である「シールズ(SEALS)」の第6チーム「レッド・スクアドロン」に与えられました。このチームは、2011年5月にパキスタンのアボッターバードに潜伏していた9・11テロの首謀者、オサマ・ビン・ラディンを殺害した「ネプチューン・スピア作戦」を遂行したことで知られる精鋭部隊です。

米軍の最精鋭特殊部隊をもってしても、この任務は従来の作戦とは一線を画すものでした。シールズ隊員はアフガニスタンやイラクのような過酷な環境での特殊作戦経験は豊富でしたが、厳寒の冬の海で長時間耐え、地上では北朝鮮軍の警戒網を回避し、高度な技術を要する装置を設置し、何よりも発覚することなく離脱するという、かつてないほどの隠密性と困難さが求められました。

第1次トランプ政権期の米国防総省の指導者たちは、北朝鮮との極度の緊張状態において、いかなる小規模な軍事行動でさえも、破局的な報復を引き起こす可能性を深く懸念していました。北朝鮮が8000門の長射程砲やロケットで韓国に駐留する2万8000人の米軍を攻撃し、さらには米国本土に到達可能な核ミサイルを発射する可能性も考慮されていました。

しかし、シールズ部隊は、この作戦を達成できると信じていました。彼らは2005年、ジョージ・ブッシュ政権期に小型潜水艇を利用して北朝鮮の海岸に潜入し、誰にも発見されることなく帰還した秘密作戦の成功経験を持っていたからです。シールズはこの成功体験に基づき、同様の作戦を再度実行することを提案しました。

2018年秋、米国と北朝鮮の間で高官級の接触が進められる中、第6チームを監督する統合特殊作戦司令部は、トランプ大統領から作戦準備開始の承認を得ます。トランプ大統領の真意が、交渉における優位性確保のためであったのか、あるいはそれ以上の目的があったのかについては不透明なままでした。

海軍は、原子力潜水艦で北朝鮮に接近した後、北朝鮮の海域外で2隻の小型潜水艇にシールズの隊員を搭乗させ、秘密裏に北朝鮮の海岸に潜入する作戦計画を立てました。小型潜水艇の大きさはシャチ程度で、船体が外に露出している構造のため、隊員は完全に水中にもぐった状態で移動する必要がありました。隊員は当時、摂氏4度の冷たい海水の中で約2時間もの間移動しなければならず、低体温症と体力消耗を防ぐためにスキューバ装備と加熱式潜水服が必須でした。

北朝鮮の海岸近くに潜入した隊員は潜水艇から下船し、8人の隊員が泳いで目標に接近。装置を設置した後、再び海に戻るという計画でした。しかし、この作戦には決定的な制約がありました。それは、ほとんど周囲を識別できない暗黒状態で作戦を進めなければならないという点です。特殊部隊員は通常、作戦時にはドローンの支援を受け、目標に関する高解像度のリアルタイム映像や敵の通信傍受などの情報が提供されます。しかし、北朝鮮ではいかなるドローンも探知される可能性があったため、使用できませんでした。この任務は、軌道上の衛星や遠く離れた偵察機からの情報に頼るしかなく、これはリアルタイムではなく、数分遅れの情報を得ることを意味しました。まさに、あらゆることを暗黒状態で進めなければならない無謀な作戦でした。

シールズ第6チームは米国の海域で数カ月間訓練を行い、2019年に入ってからも何週間も訓練を続けました。2月に入ると、トランプ大統領がハノイで金正恩委員長と会談することを発表。シールズ第6チームは、小型潜水艇による諜報活動に長年携わっていた海軍の精鋭潜水チーム「シールズ輸送潜水艇チーム1」の助けを得ました。

2007年、米海軍隊員が北朝鮮への潜入工作で使用された小型潜水艇で訓練する様子。第1次トランプ政権下の極秘作戦で使用された潜水艇と類似。2007年、米海軍隊員が北朝鮮への潜入工作で使用された小型潜水艇で訓練する様子。第1次トランプ政権下の極秘作戦で使用された潜水艇と類似。

隊員たちは原子力潜水艦に搭乗し、北朝鮮へ向かいました。潜水艦が公海に到着し、通信断絶状態になる直前、トランプ大統領が最終的な作戦実行許可を下しました。

作戦遂行と悲劇的な失敗:民間人殺害の顛末

潜水艦が北朝鮮に接近すると、2隻の小型潜水艇が展開されました。潜水艇は海岸から約90メートルまで移動しましたが、ここは非常に水深の浅い海域でした。作戦立案者は、リアルタイムでの通信が不可能な状況を補うため、数カ月間にわたりこの海岸近辺を偵察し、漁船の出没パターンや漁師の活動時間を詳細に確認していました。この総合的な情報評価の結果、「隊員が冬の真夜中に秘密裏に潜入すれば、誰とも遭遇することはない」と結論付けられていました。

計画通り、その日の夜は静かで、海は穏やかで人影もありませんでした。潜水艇1隻は予定の地点に到着しましたが、2隻目の潜水艇は誤って予定地点を通過してしまい、引き返すことになります。作戦では潜水艇を並べて停泊する必要がありましたが、このミスにより2隻は反対方向に停泊してしまいました。限られた時間の中で、この停泊問題は後で修正することに決定されました。

隊員たちが泳いで海岸に接近している最中、2つ目の致命的な失敗が発生します。暗闇に浮かぶ北朝鮮の漁船を発見できなかったのです。隊員たちが装着していた夜間暗視ゴーグルは熱検知機能を備えていましたが、北朝鮮の漁船の漁師らが着用していた潜水服は冷たい海水に濡れていたため、熱反応が検出されにくかったとされています。

海岸に投入された隊員たちにとって、目標地点は数百メートル先でした。隊員たちが目標に接近するまでの間、潜水艇の操縦士は誤って停泊した潜水艇を整列し直すために電気モーターを作動させました。操縦席の扉を開けて視界を確保し、隊員間の意思疎通を可能にする必要がありましたが、その過程で光が外部に漏れる可能性がありました。

電気モーターの水流と、開いていた操縦席からもれた光が、近くにいた北朝鮮漁船の乗組員の視界にとらえられます。北朝鮮漁船はフラッシュライトを照らし、小型潜水艇側に接近してきました。これを見たシールズの隊員たちは、作戦が発覚したと判断し、銃撃を開始しました。

当時、潜水艇の操縦士は事後報告で、当時の視野角度から言えば北朝鮮の漁船は安全距離の外側におり、潜水艇が発覚したかについては疑問だと証言しています。しかし、海岸にいたシールズの隊員たちはそうは考えませんでした。暗闇の中で見ていた彼らは、北朝鮮の漁船が潜水艇の上にいるかのように感じられたといいます。

通信が途絶えた状態で、隊員たちは暗闇の中、北朝鮮漁船がフラッシュライトを照らし周辺を見回す場面を目撃し、作戦が発覚したという極度の緊張感に襲われました。隊員たちはその船が自分たちを探している哨戒艇なのか、単なる貝採り漁船なのか判断できませんでした。

北朝鮮の漁船にいた1人が海に飛び込んだ瞬間、海岸にいた潜入隊員たちは重大な決断を下さなければなりませんでした。先頭の隊員が無言で銃を取り発砲すると、他の隊員も本能的にそれに続きました。作戦では、誰かに遭遇した場合、ただちに廃棄(殺害)するよう隊員に要求されていたのです。装置を設置する時間もありませんでした。隊員は泳いでその船に乗り込み、北朝鮮漁船の漁師全員が死亡したことを確認しました。彼らは銃も持たず、軍服も着ていない、貝を採ろうとしていた民間人でした。海に飛び込んだ者を含め、全員が死亡したのです。

隊員らは遺体を海から引き揚げた後、北朝鮮当局に発覚しないよう隠しました。死体が沈むように、漁師らの肺に刃物で穴をあけたとされています。その後、隊員らは潜水艇に復帰し、遭難信号を発信。隊員が危険に直面したと判断した指揮部は、原子力潜水艦を可能な限り接近させ、隊員は無事に原子力潜水艦に帰還しました。

作戦失敗後の余波と米朝関係への影響

作戦が破綻した後、米国の偵察衛星はその地域で北朝鮮軍の動きが活発化していることを把握しました。しかし、北朝鮮はこの死亡事件についての公式発表を一切していません。米国の当局者たちは、北朝鮮がこの事件の真相と誰の責任かを正確に把握していたかどうかは不確かだと述べています。

その後、2019年2月にはベトナムのハノイでトランプ大統領と金正恩委員長の会談が開かれましたが、会談は合意に至らず決裂。5月に入ると北朝鮮はミサイル試射を再開しました。同年6月には板門店でトランプ大統領と金正恩委員長が再会し、トランプ大統領は北朝鮮側の区域まで歩み寄りましたが、両者のやり取りは握手だけで終わりました。

数カ月後、北朝鮮はさらに多くのミサイルを発射し、米国本土に到達可能なミサイルも試射しました。この期間に、北朝鮮は50発の核弾頭を蓄積し、さらに40発の核弾頭を生産可能な核物質を蓄えたとされています。この極秘作戦の失敗は、その後の米朝関係の悪化と北朝鮮の核能力増強に少なからず影響を与えた可能性も指摘されています。

この事件はトランプ政権下では秘密が維持され続け、議会にも報告されませんでした。バイデン政権発足後、北朝鮮に対するこの秘密作戦はようやく検証を受け、ロイド・オースティン国防長官は独立調査を命令しました。2021年にはバイデン政権が議会の主要議員にこれを報告しましたが、その報告内容は現時点でも機密扱いが続いています。

ニューヨーク・タイムズが5日付でこの事件を報道した後、トランプ前大統領はこれについて記者からの質問に「私は何も知らない」「初めて聞く話だ」と述べ、関与を否定しました。一方、国防総省はこの記事に関する記者の質問に直ちには答えていません。上院情報委員会の民主党幹事であるマーク・ウォーナー議員はNYTの報道に対して、確認も否定もできないとしながらも、「議会が適切な監督をする必要があるならば、今がその時だ」と述べ、今後の検証の必要性を強調しています。

結論:極秘作戦の教訓と透明性の重要性

トランプ政権下で行われたとされる北朝鮮への極秘潜入作戦は、結果的に民間人の殺害という悲劇的な結末を迎え、当初の目的である情報収集も果たせませんでした。この作戦の失敗は、リアルタイム情報の不足、現場での誤判断、そして何よりも民間人を巻き込んだことによる倫理的、国際法上の問題という、重い教訓を残しました。

このような極秘作戦が議会にも報告されず、長期間にわたり秘匿されていた事実は、政府の透明性と説明責任の欠如を浮き彫りにしています。バイデン政権下での調査と議会への報告は、今後の同種作戦に対する監督強化への一歩となり得ますが、依然として多くの情報が機密扱いのままであり、全容解明には時間がかかるでしょう。

今回のNYTの報道は、対話と外交が中断している現在の米朝関係において、両者の間に横たわる深い不信感と、過去の未解決の問題が今後の関係構築に与えうる潜在的な影響を改めて示唆しています。国際社会、特に日本にとっては、朝鮮半島の不安定化がもたらす地政学的リスクを再認識し、地域の平和と安定に向けた継続的な外交努力の重要性を訴える契機となるでしょう。


参考文献

  • ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)
  • ハンギョレ(The Hankyoreh)