「スキルは10年でピーク」為末大氏が語る、キャリア後半戦を輝かせる二つの道

長年の経験を積む中で、自身のスキルが伸び悩み、若い頃のような目覚ましい「結果」を超えられないと感じているビジネスパーソンは少なくありません。アスリートや研究者といった専門分野に限らず、キャリアにおいて「ピーク」の存在は多くの人が直面する現実です。では、そのスキルピークを過ぎた後、私たちはどのように自身のキャリア戦略を描き、持続的な成長と貢献を続けていけば良いのでしょうか。陸上スプリント種目の世界大会で日本人初のメダリストであり、オリンピックに3大会連続出場した為末大氏が、その問いに対する示唆に富んだ見解を語ります。

スキルには明確な「ピーク」が存在する

陸上競技の世界では、「10年で一定のピークに到達する」という経験則があります。例えば、13歳から競技を始めると、23歳頃に自己ベストを記録する選手が多いとされ、長くても競技開始から15年程度でピークを迎えるのが一般的です。これは研究者の世界でも同様の傾向が見られます。ノーベル賞の受賞は60歳以降が多いものの、その評価対象となる研究成果は20〜30年前のものが多く、実際の研究者としてのピークは30代から40代に迎えているケースがほとんどです。このことから、ビジネスの分野においても、個々のスキルには成長のピークが存在すると考えるのが自然でしょう。

ピークを過ぎた後の二つの「道のり」

自身のスキルがピークを過ぎた時、キャリアの道筋は大きく二つに分けられると為末氏は指摘します。一つは、これまでの「スキルの道」を徹底的に突き進む形です。これはアスリート、芸能人、俳優など、特定の「技」を極める道であり、評価基準も非常にシンプルで、市場で「売れるか売れないか」が問われます。卓越した専門性を持ち、それをさらに磨き続けることで、新たな境地を開くことができるでしょう。

もう一つは、「複合的な技の道」です。例えば、経営者の場合、特定のスキルが突出していることよりも、総合的な判断力、チームを導くマネジメント能力、そして人間性といった多様な要素が絡み合い、それが複合的な技として勝負の鍵となります。この道は、単一のスキルに依存するよりも複雑性が高く、年齢を重ねるごとに培われる経験や知見が有利に働く可能性を秘めています。

多様な役割で経験を活かす「複合的な技の道」

「複合的な技の道」は、スポーツ分野においても顕著に見られます。短距離走のような単独のスキルが求められる種目では、年齢による身体能力の衰えが厳しく響きます。しかし、駅伝チームの監督やコーチといった役割では、選手個人の能力だけでなく、チーム全体の戦略立案、幅広い年代の選手とのコミュニケーション、過去の経験に基づいた指導力が求められます。これらはまさに「複合的な技の道」であり、年齢が不利になるどころか、むしろ経験が強みとなる領域です。

陸上競技で活躍する為末大氏がキャリアのピーク後について語る陸上競技で活躍する為末大氏がキャリアのピーク後について語る

研究者の世界でも、スキルピークを過ぎた後に「消化試合」となるわけではありません。多くの研究者は「次世代を育てる」という後進育成の役割や、自身の専門性を活かした新たなプロジェクトの推進など、「役割を変える」ことで貢献を続けます。これはビジネスの世界にも当てはまります。組織内での役割が変化しても、仕事以外の地域コミュニティー活動など、自身のスキルや経験を活かせる新たな居場所や貢献の道を見出すことが、キャリアを豊かにする鍵となるでしょう。

まとめ

個々のスキルには成長のピークが存在しますが、キャリアの後半戦は決して「終わり」ではありません。為末大氏が示すように、その後には「スキルの道」を極める選択肢と、「複合的な技の道」を通じて新たな価値を創造する選択肢があります。キャリアの岐路に立った時、最も苦しいのは、過去の自分を測る「物差し」に縛られてしまうことです。自身の経験と知見をどのように再構築し、次世代への継承や新たな分野での貢献へと繋げていくか。この視点を持つことが、年齢やスキルのピークを超えても、充実したキャリアを築くための重要な一歩となるでしょう。


参考文献: