石破政権の備蓄米放出は「政治の人気取り」か?米価高騰対策に揺れる農家の本音

今年5月、石破政権はコメの小売価格高騰に対処するため、備蓄米の放出を決定しました。この政府の動きに対し、国内のコメ農家からは強い反発の声が上がっています。農業ジャーナリスト窪田新之助氏が取材した複数の農家からは、政策に対する厳しい意見が次々と聞かれました。食料安全保障の根幹を揺るがしかねないこの決定は、果たして適切な「米価高騰対策」だったのでしょうか、それとも別の意図があったのでしょうか。

備蓄米放出の是非を巡る農家の多様な声

長野県上伊那郡飯島町で広大な水田100ヘクタールを経営する株式会社田切農産代表の紫芝勉さん(64)は、備蓄米放出について、まず「消費者に安心感を与えるためには良かった」と一定の評価を示しました。米価高騰の背景には、実態以上の品薄感が市場に広がり、卸売業者や商社による先食い、消費者の買いだめが重なり、一層のコメ不足を招いたと紫芝さんは分析します。そのため、備蓄米の放出は、市場に蔓延する不安感を和らげる上で必要だったとの見解です。

しかし、紫芝さんは同時に強い懸念も表明しています。「小売価格を下げるためだけの備蓄米の放出は一度限りで止めてもらいたい」と釘を刺します。その理由は、政府による突然の需給への政治介入が、農家が米価の動向を見据えながら計画している作付計画を大きく乱すためです。また、消費者にとっても不公平感が残ると指摘。「この地域では備蓄米がスーパーに並ぶことはなく、一部の人だけが手にする状況はどうなのか」と疑問を呈しました。

食糧法との矛盾と「政治の人気取り」という指摘

備蓄米の放出の可否は、食糧法によって厳格に定められており、「その供給が不足する事態」、すなわち緊急事態にしか認められていません。当初、政府が放出に慎重だったのもこのためだと考えられます。それにもかかわらず、明らかに小売価格を下げることを目的として備蓄米を放出したことは、食糧法の趣旨と異なるのではないかという疑問の声が、多くの稲作農家から聞かれます。

小泉農水相が福島県の農家と意見交換する様子。政府の備蓄米放出と米価高騰に関する農業政策について対話する場面。小泉農水相が福島県の農家と意見交換する様子。政府の備蓄米放出と米価高騰に関する農業政策について対話する場面。

この点について、秋田県横手市の小田嶋契さん(61)は特に厳しい見方をしています。小田嶋さんは2014年から2020年までJA秋田ふるさとの組合長を2期にわたって務め、2018年の「減反廃止」後は、実需者の求めに応じて主食用米の増産にも積極的に取り組んできました。退任後も水田7.5ヘクタールで米や葉タバコなどを栽培しつつ、秋田県立大生物資源科学部客員研究員として「米の流通と価格形成」の研究を続けている、米の流通と農業政策に関する専門家です。

小田嶋さんは、「国の『虎の子』である備蓄米を放出して在庫を減らしてしまい、このままではいずれ民間には米があふれかえるだろう」と将来的な需給バランスの崩壊を懸念しています。そして、「このようなおかしな状況を作り出してしまったことを、国はこれからどう整理するのか。今回の備蓄米放出は、政治家の人気取りのためだったように受け止めている」と、政府の真の意図に疑問を投げかけています。

今回の備蓄米放出は、一見すると米価高騰に苦しむ消費者への配慮と受け取られがちですが、その裏には農家の経営安定性、食糧法の遵守、そして農業政策の長期的な視点という、より複雑で根深い問題が横たわっています。

結論

石破政権による備蓄米放出は、一時的に市場の品薄感を緩和し、消費者に安心感を与える効果はあったかもしれません。しかし、多くの米農家からは、需給バランスへの突然の政治介入が作付計画を混乱させ、結果的に農業経営の安定を脅かすとの懸念が示されています。また、食糧法の定める「緊急事態」の原則から逸脱し、価格引き下げを目的とした放出は法の趣旨に反するとの指摘や、「政治家の人気取り」ではないかという厳しい意見も上がっています。

本件は、単なる米価高騰対策に留まらず、日本の食料安全保障、農業政策のあり方、そして政府と生産者間の信頼関係といった、より広範な課題を浮き彫りにしています。今後、政府には、目先の市場安定だけでなく、長期的な視点に立った持続可能な農業政策の確立が求められます。

参考文献