2025年6月、米国における離職率は2.0%という異例の低水準を記録しました。これは、近年では非常に珍しい現象であり、労働市場における新たなトレンドの兆候と見られています。この離職率の低下が、働き手にとって明るい兆しなのか、それとも好ましくない変化の始まりなのかは、労働者が現在の仕事を続けようとする動機によって大きく左右されます。特に注目されているのが「ジョブハギング」と呼ばれる現象です。
ジョブハギングとは、転職によるリスクを避け、現在の職にしがみつくことを指します。より良いキャリアの機会を積極的に追求するのではなく、安定した給与や充実した福利厚生といった現状を維持することを優先する姿勢が、多くの働き手の間で顕著になっています。たとえ現在の仕事内容に不満があったり、キャリアパスが不明瞭であったりしても、未知の環境へ飛び出すよりも、既知の安定を選ぶ傾向が強まっているのです。この現象は、AI(人工知能)の急速な発展による雇用の不確実性、レイオフ(一時解雇)や採用停止といったニュースがメディアを賑わせる中で、一層その存在感を増しています。
「ジョブハギング」の概念とその背景
ジョブハギングは、現在の職場が必ずしも自身のスキルやキャリア目標に合致しないと感じつつも、辞めずにその職にとどまる行動を指します。この行動の背後には、複数の複雑な要因が存在します。経済的な安定を第一に考える人もいれば、チームや組織に対する強い忠誠心、あるいは既存の福利厚生制度を失うことへの不安を理由に挙げる人もいます。
この「仕事にしがみつく」という行動自体は、決して新しいものではありませんが、「ジョブハギング」という現代的な表現が注目されるようになったのは、現代の労働市場が抱える特有の不安感を見事に捉えているからです。これは、「静かな退職」(仕事への情熱を失いつつも最低限の業務をこなすこと)や「キャリア・クッショニング」(不測の事態に備えて水面下で転職準備を進めること)といった他のトレンドと同様に、従来の行動様式に新たな名称が与えられたものと言えます。ジョブハギングという言葉が強く示唆するのは、急速に変化する雇用市場において、次に何が起こるか予測できないことへの働き手たちの不安感、そしてその中で安定を求める切実な願いです。
現在の仕事にしがみつく労働者のイメージ。転職への不安や安定志向がジョブハギングの背景にあることを示唆。
なぜ今、ジョブハギングが注目されるのか:雇用市場の不確実性
ジョブハギングがこれほどまでに注目を集めるのは、現在の職場を取り巻く状況が、人々にきわめて慎重な姿勢を促しているためです。雇用の伸び率は過去数十年で最も鈍化しており、企業の最高経営責任者(CEO)たちは、雇用の拡大よりもむしろ縮小の見込みについて言及することが増えています。
これに加え、AIの急速な導入は、多くの働き手にとって自身の職が将来的にどうなるのかという不確実性と不安を生み出しています。このため、人々は最も安定していると考えられる職業、あるいは現状維持が可能な職を選ぼうとしています。こうした複合的な状況が、転職を躊躇し、現在の仕事にとどまろうとする動きを加速させているのです。従業員は新たなキャリアチャンスを積極的に追求することなく、「知らない悪魔より、知っている悪魔の方がマシだ」という心理状態に陥り、慣れ親しんだ環境から離れることを避ける傾向が強まっています。結果として離職率が低下し、これが現在の職場トレンドとしてメディアで大きく取り上げられる要因となっています。
ジョブハギングがもたらす影響と個人・企業の戦略
ジョブハギングの広がりは、個人だけでなく企業、ひいては労働市場全体に多大な影響を及ぼします。個人にとっては、短期的な経済的安定は得られるものの、キャリアアップの機会を逸したり、スキル開発が停滞したりするリスクがあります。仕事へのモチベーションが低下し、生産性の問題につながる可能性も否めません。一方、企業にとっては、人材の流動性が低下することで、新たな視点やイノベーションが生まれにくくなる懸念があります。従業員のエンゲージメントが低下すれば、組織全体のパフォーマンスに悪影響を与える可能性もあります。
このような状況において、個人は自身のキャリアについてより主体的に考える必要があります。継続的なスキルアップやリスキリングを通じて市場価値を高め、もしもの時に備えることが重要です。また、現在の職場でキャリアパスを模索したり、内部での成長機会を積極的に掴んだりすることも有効な戦略となります。企業側も、単に人材を引き留めるだけでなく、従業員のエンゲージメントを高め、成長を支援する環境を整備することが求められます。具体的には、透明性の高い評価制度、キャリア開発プログラムの提供、柔軟な働き方の導入、そしてAI時代に対応するためのリスキリング支援などが挙げられます。
結論
ジョブハギングは、現代の不確実な雇用市場と経済状況、そしてAIの台頭が背景となり、多くの働き手の間で顕著になっている現象です。転職のリスクを避け、既知の安定を選ぶという心理は理解できるものの、長期的なキャリア形成において最適な選択とは限りません。
このトレンドは、個人がキャリア戦略を再考し、企業が従業員のエン育成とエンゲージメントの強化に一層注力する必要があることを示唆しています。安定を確保しつつも、自身の成長を止めないためのバランスの取れたアプローチが、今後の労働市場で成功を収める鍵となるでしょう。
参考文献
- Yahoo!ニュース(Forbes Japan): 米国の離職率が歴史的な低水準に、ジョブハギングとは何か(https://news.yahoo.co.jp/articles/fe3c2322f1330b59384eac22bdf0fc26ddd1fb36)